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カリフォルニア州GAINプログラムの再検討
―ワークフェア政策の評価にむけて―

小林 勇人 20060415
『社会政策研究』06: 165-83.


[目次]

■1 はじめに

■2 分析枠組みの提示

 2−1 国内先行研究
 2−2 本論文の分析枠組み

■3 カリフォルニア州GAINプログラム

 3−1 GAINプログラムの概要
 3−2 リバーサイド方式
 3−3 GAINプログラムの再検討

■4 結論――ワークフェア政策の評価に向けて

[注]

[文献]

[正誤表]

[お礼]

[言及・紹介]

[English]

[要旨]

 本論文は、アメリカで実施されている公的扶助受給者に強制的に就労を課すというワークフェア政策について考察する。当初ワークフェアは、教育や職業訓練などの就労支援を通して受給者を労働市場へ復帰させるとともに福祉から離脱させることで受給者数や費用の削減を意図していた。しかし、その成果は思わしくなかったため受給者個人の行動様式が問題視されるようになった。カリフォルニア州では、「人的資本への投資」を理念として、受給者に金銭的制裁を伴う形で就労を要請する「自立のための大道(Greater Avenues for Independence: GAIN)」プログラムが設立され、58の郡で実施された。その中でもリバーサイド郡のGAINプログラムはリバーサイド方式と呼ばれ、教育・職業訓練プログラムよりも求職活動を重視する点に特徴があり、受給者の稼働所得を高め福祉費用を削減したため全米の注目を集めた。しかし、GAINプログラムは、受給者の労働市場への復帰またそれによる福祉からの離脱という観点からみると、成果をあげることはできなかった。1996年の連邦政府による抜本的な福祉改革の根拠の一つともなったGAINプログラムの成果を再検討することで、ワークフェア政策を評価する際に留意しなければならない点を明らかにする。

[キーワード] ワークフェア、GAINプログラム、リバーサイド方式



◇以下、一部抜粋

■1 はじめに [全文]

 2002年マイケル・ムーア監督の映画『ボーリング・フォー・コロンバイン』が上映され、世界各国に衝撃を与えた。同映画のテーマはアメリカの「銃規制」であり、コロンバイン高校銃乱射事件に続き、米国最年少の射殺事件が報告された。後者は、2000年2月29日、ミシガン州フリントの小学校で、6歳の少年が6歳の少女を銃殺するという衝撃的な事件である。ミシガン州は国内最大企業GMの本拠地であり、フリントにも工場を持つ。その地区の生徒の87%が貧困線を下回る生活を送り、若者の死因の第一位は殺人である。

 この少年の母親タマーラは、公的扶助を受給していたが、受給条件として就労を義務付けられていた。黒人シングルマザーの彼女は、少しでも高額の賃金(時給8ドル50セント)を求めて、毎日往復130キロ3時間の道のりを、国内有数の富裕な地域アーバン・ヒルズまで通う。朝早く家を出て夜遅く戻るため、子供にはめったに会えない。週に70時間働いても家賃は払えず、大家から立ち退きを勧告され、事件の一週間前に彼女は兄弟の家に身を寄せていた。その家でタマーラの息子は32口径の銃を見つけ小学校へ向かったのだった。

 幾つかの場合を除いて、基本的にアメリカの公的扶助は、労働能力を持つ受給者に就労を義務付ける。扶養児童が3歳未満の場合は、この義務を免除される。タマーラは働き始めて3年になっていたが、それは息子が3歳になると働かなければならなかったからである。一般的に、教育・職業経験を持たない黒人シングルマザーにとって、人種差別・性差別の下で職に就くことは容易ではない。それゆえ扶養児童が3歳になったとしても、引き続き公的扶助を受け続けねばならない。しかし、そのためには州が指定する企業あるいはプログラムで働かなければならない。

 この政策により、州・地方政府には公的扶助費用の削減が見込まれ、他方で指定された企業は、フレキシブルな労働力と州からの税控除を得る。これが1996年にアメリカで制度的に実現し、1997年から施行された「ウェルフェア・トゥー・ワーク(welfare-to-work)」あるいは「ワークフェア(workfare)」と呼ばれる福祉改革である。ムーアは、この福祉改革の背景には軍需産業と政府の結びつきがあるとして、その仕組みの一端を同映画において以下のように描いた。

 「[タマーラは]子供の食料切符と医療保険のため州の福祉事業であるワーク・プログラムの下で働いていた。このプログラムは貧困層の自立に成功。設立者のG・ミラーは国内最大企業に雇われた。彼らは民営化された福祉事業を運営。その企業こそロッキード社だ。冷戦が終わり脅威となる敵の去った今これはうまい新規事業だ。人びとの恐怖を利益に変える"敵"を国内に発見した。タマーラのような貧しい黒人の母親だ。」

■2 分析枠組みの提示

 近年高失業率への対応を迫られた諸福祉国家で、雇用政策と公的扶助が近接するようになり、就労を社会支援の条件とする「ワークフェア国家」への再編が行われている(cf. Peck 2001)。アメリカでは、公的扶助受給者に就労を強制的に課すというワークフェア改革が展開され、また西欧諸国でも「第三の道」路線の中で、就労と社会保障給付の連関を強化するようなワークフェア政策が施行されている。日本でも生活保護制度の見直しが就労支援の観点から行われつつあるなど、ワークフェア的な改革への注目が高まっている。このような中で本論文は、アメリカのワークフェア政策について事例を通して考察する。

■2−1 国内先行研究 [全文]

 邦語文献で「ワークフェア」という語が、外国語文献の翻訳という形態以外で使用されたのは、労働法令協会編「ベネフィットをめぐる新しい動き――ワークフェアと従業員選択制(海外労務管理ノート)」『労務管理通信』(1983)が初めてである。そこでは福祉受給者に就労を要請するワークフェアと、企業内福利厚生の改善の手法が、アメリカから日本への労務管理の示唆という点で同列に紹介されている。

 以後、ワークフェアはレーガン政権の福祉改革として紹介される(杉本1985)などして、1990年代の後半から地方分権化の流れの中で、いわゆるアンペイドワークを評価する原理として肯定的に捉え返されていく。その初発のものとして神野(1998)、近年のものとして池上(2004)が挙げられる。他方でこれとは対照的に、酒井(2001)によれば地方分権は、撤退と構築の両義的な動きを見せるネオリベラリズムの統治実践であり、また齋藤(2001)はワークフェアを、能動的に自己統治を行う主体形成の仕掛けとして批判的に論じる。

 これら日本の文献のみならず比較の観点から海外文献も交えて、ワークフェアについての議論を整理し、比較研究の理論枠組みの精緻化を行ったものとして、宮本(2004)が挙げられる。宮本によればワークフェアも、労働先にありきのワークファーストモデルと、福祉先にありきのサービス・インテンシブルモデルで隔たりがあり、両者の区分けが必要であるとされる。他方で、開発経済学では途上国の貧困削減政策の中で、就労インセンティブを高めるものとしてワークフェアが注目されるなど(黒崎・山形2001)、日本におけるワークフェアについての先行研究には一定の広がりがある。

 しかし、これらの先行研究において必ずしもワークフェア政策の実態が明らかにされているとはいえず、ワークフェア改革が制度利用者(冒頭で述べたタマーラのような黒人シングルマザー)にどのような影響を及ぼすかについてはあまり扱われていない。またジョエル・ハンドラーによれば(Handler 2004)、ワークフェア改革を行う必要のない福祉国家(例えば財政赤字に陥っていないノルウェイ)でさえ改革を実施するなど、西欧諸国の「第三の道」はワークフェアの持つイデオロギー性を帯びる傾向にあり、警鐘が鳴らされている(★1) 。本論文は、ワークフェア改革の主導国でもあるアメリカの事例を通して、ワークフェアの実態を把握するとともに政策評価を行うことで、先行研究を補足するものである。

★1 ハンドラーはまた「ワークフェアの義務によって包摂することは矛盾している」(Handler 2004: 8)として、貧困を緩和するだけではなく福祉受給者に退出の選択肢を提供するという理由から、ベーシック・インカム(基本所得)の保障を主張している。

■3−2 リバーサイド方式 [一部]

 求職プログラムの核にはジョブ・クラブと呼ばれる職業斡旋団体があったが、そのルールは、@午前中に来る―8時30分から12時30分までに、Aきちんとした身なりをする、B全ての授業に参加する、C文句を言わない、D食べ物を食べない、E飲み物を飲まない、Fガムを食べない、G日々求職に励む、というものだった(★9) 。このようなルールの下で、プログラム参加者は新しい使用者との交渉のために、少なくとも1日に25回、少なくとも1週間に3日、電話することを求められる一方で、隔週で少なくとも15回、個人的に企業訪問することを求められた。他方でGAINの諸サービスを提供する職員には業績契約制が適用され、就職斡旋を獲得した成果に基づいて評価され報酬を受け取った。それぞれの雇用担当の職員は、月に最低14件(以前は12件、その前は10件)の就職斡旋を獲得しなければならなかった(Peck 1998: 541-5)。

 このような就労に向けての継続的な圧力は、基礎教育が必要と判断された受給者に対しても作用した。前節で述べたように、基礎教育が必要と判断された受給者は、基礎教育クラスに参加するか、初めに求職活動を行うかを選択できた。しかし、一人親世帯の登録者の60%に対して基礎教育が必要だと判断されたものの、その20%が基礎教育クラスに参加しただけであり、他方で制裁率は他郡と比べて最も高く、一人親世帯で11%、両親世帯では15%であった(Friedlander et al. 1992, p31)。リバーサイド郡ではGAIN事務所での説明の段階で就労や自助の重要性が説かれ、受給者は積極的に求職活動を行うよう求められたのだ。また同郡のプログラムに携わる職員は、受給者に対して福祉を一時的なものとして認識させ、受給者をできる限り早く職に就かせるよう求められたが、そのためには制裁措置のもたらす脅威が有効であるとされた(★10) 。

 これらは「怠惰な」福祉受給者から、1日に何度も電話や企業訪問を行う「勤勉な」求職者への転換が図られていることを意味する。すなわち福祉受給者に対して職業訓練・教育といった就労支援は必要なく、彼/女達は「態度」を変えて「勤勉」になれば職に就けるというものである。このような職業斡旋プログラムで、シングルマザーが就ける職とは、低賃金で不安定な労働であることが多く、職に就いても短期間で離職し、就労促進プログラムと短期間の周辺労働とを、行き来するようになることが予想される。

 このように、福祉受給者をいかなる職(例えば最低賃金の職)であっても忌避させることなく即座に就かせるように継続的な就労への圧力をかけ、制裁を伴った形で福祉受給者の「態度」を矯正するのがリバーサイド方式である。

★9 この他にもプログラム参加者に対して、12の禁止項目(例えば、ミニスカート、タンクトップ、帽子、極端な髪型、ジーンズなど)を含む服装規制が行われている。

★10  インタビュー調査において、ケースマネージャーがスーパーバイザーから制裁を用いるよう「強く奨励」されたと回答した職員の割合は、リバーサイド郡で49%と他郡に比べて著しく高かった(Hasenfeld et al. 1996: 525-7)。


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[文献]

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◆Friedlander, Daniel and James Riccio, 1992, "GAIN and the Prospect of JOBS's Success: MDRC Reports Short-Term Positive Trends in California," Public Welfare, Summer, 50(3): 22-32.
◆Freedman, Stephen, Daniel Friedlander and James A. Riccio, 1994, Executive Summary: GAIN: Benefits, Costs, and Three-Year Impacts of a Welfare-to-Work Program, Manpower Demonstration Research Corporation.
◆Gueron, Judith M., 1996, "A Research Context for Welfare Reform," Journal of Policy Analysis and Management, 15(1): 547-61.
◆Handler, Joel F., 2004, Social citizenship and workfare in the United States and Western Europe: the paradox of inclusion, Cambridge: Cambridge University Press.
◆Hasenfeld, Yeheskel and James Riccio, 1996, "Enforcing a Participation Mandate in a Welfare-to-Work Program," Social Service Review, December: 516-42.
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◆池上岳彦, 2004,『分権化と地方財政』岩波書店.
◆菊池馨実, 1998,『年金保険の基本構造――アメリカ社会保障制度の展開と自由の理念』北海道大学図書刊行会.
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◆Peck, Jamie, 1998, "Workfare in the Sun: politics, representation, and method in U.S. welfare-to-work strategies," Political Geography, 17(5): 535-66.
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◆酒井隆史, 2001, 『自由論――現在性の系譜学』青土社.
◆神野直彦, 1998, 「社会負担の財政社会学」『季刊家計経済研究』spring: 37-44.
◆杉本貴代栄, 1985, 『アメリカ女性学事情――レーガン政権下の福祉社会』有斐閣.
◆――――――,2004,『ジェンダーで読む21世紀の福祉政策』有斐閣.


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[正誤表]

★178ページ、2-3行目(表1の解説文)
「就労経験に乏しい(アラメダ40%、ロサンゼルス39%)」 → 「就労経験に乏しい(アラメダ12%、ロサンゼルス20%)」

282ページ(執筆者紹介)
・所属: 「一貫性博士課程」 → 「一貫制博士課程」
・論文: 「ワークフェアの起源と変容」 → 「ワークフェア構想の起源と変容」



[お礼]

 論文を書くにあたって多くの人のお世話になりましたが、この場を借りて2名の匿名査読者の方にお礼を述べさせていただきます。一方の査読者の方からは、リソースの複数化やプログラム分析などについて助言を頂き、また翻訳については貴重な教示を得ました。他方の査読者の方からは、論文の書き方の詳細に加えて、論文全体の構成についてとても貴重な助言を頂きました。ともに深く感謝しています。ありがとうございました。



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[言及・紹介]

◆ 20100610 根岸毅宏 「アメリカの1990年代の福祉再編――1995年バージニア州福祉改革と1996年連邦福祉改革」渋谷博史・中浜隆編『アメリカ・モデル福祉国家T――競争への補助階段』昭和堂,19-65.

◆ 20100510 木下武徳 「ロサンゼルス福祉改革における民間化の特質」渋谷博史・塙武郎編『アメリカ・モデルとグローバル化TT――『小さな政府』と民間活用』昭和堂,188-226.

◆ 20090915 山田壮志郎 『ホームレス支援における就労と福祉』明石書店.

◆ 20080321 木下武徳 「ロサンゼルス福祉改革における民間化の特質――GAINケースマネジメントを中心に」『社会科学研究』59(5-6): 81-112.

◆ 20071130 平岡公一 「2006年度学会回顧と展望 社会保障・社会福祉政策部門」『社会福祉学』48(3): 162-70.

◆ 20061201 立岩真也 「ワークフェア、自立支援」『現代思想』34(14): 8-19.

◆ 20060710 立岩真也 『希望について』青土社.

◆ 20060601 立岩真也 「労働について これからの予定――家族・性・市場 9」『現代思想』34(7): 8-19.



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◇English

[Title] A Reexamination of the GAIN Program in California: For the Evaluation of Workfare Policy

[Name] KOBAYASHI, Hayato

[Abstract]

 This paper examines U.S. workfare policy which forces AFDC recipients to be employed. When workfare satarted in the early 1970's, it was expected to reduce the number of AFDC recipients and to curtail public spending by making the recipients return to the labor market and leave welfare. Job training and vocational programs were created to help welfare recipients become employed. However, the programs failed. As a result, the behavior patterns of AFDC recipients came to be regarded as a problem, so the work requirements for them under the programs were strengthened after the 1980's. In California, the program of "Great Avenues for Independence: GAIN," which required the recipients to be employed, was set up and executed in its fifty eight counties. Its philosophy was "investment in human capital." GAIN in Riverside County, called the Riverside approach gained attention in the U.S., since it increased the earned income of program participants and reduced the welfare costs of governement. However, despite initial apparent success, GAIN could not bear fruit in the end, with respect to the recipients' return to the labor market and their leaving welfare. Neverthless, GAIN was used as one model for the drastic reform of the federal goverment's welfare policy in 1996. This paper reanalyzes the outcome of GAIN, and in doing so clarify some important points for evaluating workfare policy.

[Keywords] workfare, the GAIN program, the Riverside Approach



UP:20060804 REV:20060806, 0923,26, 1220, 20070111, 1221, 20080531
カリフォルニアのワークフェア  ◇ワークフェア文献表  ◇『社会政策研究』

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