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TANFとワークフェア

小林 勇人 20071205 「社会福祉の現状 W.公的扶助――TANFとワークフェア」
(本文:242頁-250頁、注:262頁-263頁、参考文献:264頁-269頁)

萩原康生・松村祥子・宇佐美耕一・後藤玲子編
『世界の社会福祉 年鑑2007』(特集テーマ:家族と社会福祉)旬報社. xvii+524p
第2部 各国社会福祉の現状 II 北アメリカ アメリカ合衆国(215頁-269頁)


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後のほうで担当部分を掲載しています。
*以下、目次を掲載しますが、担当したアメリカ合衆国のみ詳しめです。


■目次

刊行にあたって

第1部 家族と社会福祉

1 世界の家族の現状 2 家族の変容と社会福祉 3 フランスの家族政策 4 世界の家族と社会福祉

第2部 各国社会福祉の現状

I ヨーロッパ

イギリス

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家庭 IV 公的扶助

デンマーク

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家庭福祉 IV 年金制度

ドイツ

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家庭福祉 IV 貧困、最低生活保障

フィンランド

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 家族政策と子ども福祉 II 高齢者福祉 III 障害者福祉 IV アルコール・薬物依存 V 低所得、公的扶助

フランス

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 貧困と低所得者対策

ポーランド

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童および家族福祉 IV 貧困および最低生活保障

スペイン

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家庭 IV 貧困

II 北アメリカ

アメリカ合衆国

基礎データ
概観
制度・政策の展開
 1 移民法改正の動き 2 メディケアの改革動向 3 国民皆保険への道のり
社会福祉の現状
 I 児童福祉
  1 アメリカの子どもの状況 2 家族政策 3 課税を通した養育支援 4 子どもの貧困対策 5 保育サービスにみられる市場信仰
 II 障害者福祉
  1 初等・中等教育 2 大学学部・大学院 3 ポスト中等教育(postsecondary education)支援
 III 高齢者福祉
  1 アメリカの高齢化の現状 2 高齢者福祉の仕組みと取り組み
 IV 公的扶助――TANFとワークフェア
  1 TANFの再承認 2 ワークフェアプログラムの運用――ニューヨークの事例をもとに
 V アメリカの福祉専門職――ソーシャルワーク
  1 雇用の実態 2 ソーシャルワーク実践とTANF 3 ソーシャルワークとアドボカシー活動
コラム
 教育バウチャー 地域支援型ソーシャルワークとグラウンドワークにおける試み(米国NY市)

III アジア

中国

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 家族と社会福祉 IV 慈善事業

ウズベキスタン

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 児童福祉 II 高齢者福祉 III 障害者福祉 IV 女性福祉 V 貧困者への支援 VI HIV感染者・エイズ患者への支援 VII 災害救助 VIII NGOの活動 IX 社会保障

ベトナム

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家族福祉 IV 貧困・最低生活保障 V 課題と展望

フィリピン

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 家族および地域福祉 II 高齢者福祉 III 障害者福祉 IV 児童・青少年福祉 V 社会福祉の拡がり

IV ラテンアメリカ

アルゼンチン

基礎データ
概観
社会福祉の現状
家族と社会福祉

コスタリカ

基礎データ
概観
制度・政策の展開
社会福祉の現状
 I 高齢者福祉 II 障害者福祉 III 児童・家庭福祉 IV 貧困・最低生活保障 V 家族の姿

V アフリカ

ウガンダ――HIVエイズとその政策的対応

基礎データ
はじめに 1 感染拡大から沈静化への動態 2 エイズ政策の蓄積 3 エイズ治療の確立 4 エイズ遺児対策 5 企業社会の対応 6 予防・啓発政策

第3部 国際社会福祉

国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)世界会議
国際社会開発コンソーシアム・アジア太平洋支部会議(ICSD)
ムスリム・エイド(Muslim Aid)

第4部 基本資料

基本統計


事項索引




*以下、手元の最終稿をもとに担当箇所の全文を掲載しますが、実際に出版されたものと比べると、単語や文献の表記で若干異なる箇所があります。そのため詳細は、出版されたものをご覧ください。

W.公的扶助――TANFとワークフェア

 1996年福祉改革法によって前制度のAFDCを廃止して制定されたTANFは、貧困家庭への一時的扶助であり、公的扶助のなかで最もポピュラーな制度であるが、同法が時限立法であったためTANFを継続するかどうかの審議が必要であった(★注20)。1996年の福祉改革は雇用可能な受給者に就労を義務付けるものであったが、このワークフェア的な改革が評価されTANFは再承認されるに至った。本節では、第1に、TANFの再承認後の主な変更点を確認する。第2に、TANF再承認の際にモデルになったとも言われるニューヨーク市のワークフェア政策を概観する。

1 TANFの再承認

 1996年8月から2005年9月にかけてTANFに登録している家族数は、約440万世帯から約190万世帯までおよそ60%減少した。また家庭の外に出て賃労働を行う未婚のシングルマザーの割合は、1996年の49.3%から2004年の63.1%まで約30%増加した。加えて、児童貧困率も1996年の20.5%から2004年の17.8%まで減少した(USDHHS 2006a: 37454-6)。これらをもって福祉改革およびTANFは肯定的に評価されたが、就労を要請される者のうち約30%しか就労関連の活動に従事していないことなどが課題となっていた。

 2006年2月に制定された2005年財政赤字削減法によってTANFは再承認されたが、予算規模や基本構造は以前と変わらず、各州政府はさらに受給者を就労や就労関連の活動に従事させることを通して自立させることを要請された。そのため再承認後の規定では労働参加率の厳格化や州政府の説明責任が強調されることになり、2006年10月から実施された(USDHHS 2006c)。

(1) 労働参加率と登録件数削減控除

 再承認以前の規定で各州政府は2002年以降、(一人親家族を含む)全家族で50%、二人親家族で90%の労働参加率を要請されていた。この労働参加率を達成できなければ州政府は連邦政府からの補助金を削減されることになっていた。だが各州政府は、登録件数削減控除(the caseload reduction credit)によって、1995年のAFDC受給者数と比べてTANF受給者数を削減した割合に応じて、達成しなければならない労働参加率を控除(削減)されていた。すなわち、1995年に比べて受給者数を1%削減する毎に労働参加率を1%控除されていた。ただし、州政府が受給資格の規定を変更することによって生じた受給者数の削減には適用されなかった。

 再承認後の規定でも各州に要請される労働参加率は、全家族で50%、二人親家族で90%と変更はない。しかし、登録件数削減控除を適用する場合、受給者数の削減割合を算出する際の比較基準が1995年から2005年に変更されることになった。前述したように、この期間に受給者数は大幅に削減されたため、これまでと同様の割合で受給者数を削減したとしても、労働参加率が控除される割合は大幅に低下する。図1は、登録件数削減控除を考慮して各州に要請される財政年度(fiscal year: FY)1997年から2005年と2007年の労働参加率(全米平均)を示すが、2007年の値は2005年の登録件数削減率を基に算出されている。これによれば登録件数削減控除を考慮した2002年以降の労働参加率は4〜6%であったが、2007年には45.6%へと急増することになる。さらに、2000年以降受給者数の削減率は低下傾向にあり、依然として福祉を受給するのは就労が(極めて)困難な層であることが予想される。にもかかわらず、各州は以前と比べて非常に高い労働参加率の達成を要請されることになり、各州のプログラム運用が受給者に与える効果が懸念される。


 図5 登録件数削減控除の効果 財政年度1997-2004年と2007年

 [略]

 出所 DHHS 2006b: 5

(2) 州政府の裁量性とTANFを補完するプログラム

 連邦政府から州政府へ交付されるTANF包括補助金はTANFの目的に沿う限り自由に使用できたので州政府は広範な裁量性を得ていたが、労働参加率の対象となる「労働関連の活動」の定義は州政府によって異なっていた。いくつかの州政府は、他の州政府よりも有利になるように「労働関連の活動」を極めて広く定義しているため、州間格差の固定化や州間の不平等な処遇が問題になるとともに、受給者の就労への障壁を取り除き就労準備を推進することに効果的かどうかが疑問視されていた(USDHHS 2006a: 37455)。そのため再承認後は、労働要請の強化という連邦政府の方針が州政府の裁量で形骸化されることを避けるために、保健福祉サービス省(U. S. Department of Health and Human Services: HHS)が規定を定めて労働参加率の統一基準を設置することになった。HHSから2006年6月に定められた規定には、労働関連の活動を定義し、労働時間を記録するための統一手段を設けることなどが含まれた。各州政府は労働参加証明手続き(work participation verification procedures)の設置・維持を要請され、HHSによって審査を受け、この手続きを設置しない場合や手続きに従わない場合は、新たに1%〜5%の罰則(補助金の減額)が課されることになった。だがこれらの規定によって、受給者のニーズに柔軟に対応することを可能にしていた州政府の裁量性が失われたことが批判されている(Lower-Basch 2007)。

 ここでは州政府が実施していたTANFを補完するプログラムをもとに州政府の裁量性について検討してみたい。図6は、州政府の裁量性の強弱を説明するために、財源とプログラムの対応関係を示したものである。各州政府は、連邦政府からTANF包括補助金を受け取らずMOE支出を利用する州個別のプログラム(separate state program-maintenance of effort: SSP-MOE)を実施できた(★注21)。TANF包括補助金の大半の規定はSSP-MOEには適用されず、連邦政府から要請される労働参加率の算出も、TANF受給者のみを対象としSSP-MOE受給者は対象とされなかった。そのため州政府は、TANFプログラムにSSP-MOEを組み合わせることで柔軟に対応することができたのであった(State Policy Documentation Project (1))。たとえば、SSP-MOEによって、TANFの受給期間の上限である5年間を超過した者にも現金扶助を給付することや、TANFでは認められていない中等教育後の教育プログラムを実施することもできた。加えて、財政年度2005年には、30の州がSSP-MOE によって現金扶助を実施したが、そのうち28の州がTANFの労働参加要請を果たせなかった二人親世帯の全部あるいは一部を対象としていた(USDHHS 2006d: I-15)。この事実は、高い労働参加率が要請される二人親世帯をTANFからSSP-MOEに移し変えることで、労働参加率をクリアしようという試みであったと解釈される。


 図6 財源と州政府の裁量性

    財源                 プログラム   州政府の裁量性

TANF包括補助金(連邦政府負担) →  TANF        弱

MOE支出(州政府負担)        → SSP-MOE

MOE支出以外(州政府負担)     →   SSF          強

 筆者作成


 それに対して再承認後は、SSP-MOE受給者も労働参加率の算出の対象とされた。再承認後のTANF実施の前後で、SSP‐MOEを実施する州政府の数が32州から11州に減少した(USDHHS 2007a)のは、TANFからSSP-MOEに移し変えることによって、二人親世帯の高い労働参加率を達成することはもはやできないという判断があったと考えられる。その後の州政府の対応例の一つとして、連邦政府の労働要請が不適切と判断される層(主に二人親世帯)を対象とする、州政府が単独で負担しMOE支出にカウントしない州単独の助成金(Solely-State Funded: SSF)によるプログラムが挙げられる。たとえば、ニューヨーク州では、2006年10月からSSP-MOEに代わって、両親とも障害者ではない二人親世帯を対象にSSFプログラムが実施されている。SSFは、今までMOE支出にカウントされ得るのにされていなかった他のプログラムをMOE支出にカウントするなどして、州政府の負担を増やすことなく実施できる州も多いことが指摘されている(Schott and Parrott 2007)。単にTANFの登録件数を減らすために就労困難な層に対して制裁が行われることが懸念されるなかで、受給者のニーズに合った支援を提供するために州政府の裁量性をどのように確保していくのかが課題となっている。


2 ワークフェアプログラムの運用――ニューヨーク市の事例をもとに


 TANFの再承認によって労働要請の強化が行われたのは、雇用可能な受給者の就労を通した自立という政策目標にとってワークフェアが有効であるとみなされたからであろう。ワークフェアとは、雇用可能な公的扶助受給者に受給条件として就労あるいは就労に関連する活動を義務付ける政策を意味する。ワークフェアは、広義には受給者への就労支援として就労斡旋プログラムから職業訓練・教育プログラムまでを含むが、狭義の意味においては雇用可能な受給者に就労を強制するものである。そのため雇用能力の低い受給者が就労の義務を果たそうと様々な努力を行ったとしても民間セクターで雇用が見つからない場合、政府が最後の雇い手となって受給者に雇用を提供しなければならない。しかし、政府によって提供される雇用は、受給者がそれを忌避して民間セクターの就労に(低賃金で不安定な職であっても)移行する(か自助を行う)ように懲罰的なものになる傾向がある。労働要請が強化されるなかで各州・地方政府がどのように公的扶助プログラムを運用していくのかが注目されるが、ニューヨーク市の「完全従事(full-engagement)」という方針に基づくワークフェア政策が参考になる(★注22)。

 連邦政府による1996年福祉改革法と連動して、ニューヨーク州では1997年ニューヨーク州福祉改革法が成立し、「家族支援(Family Assistance: FA)」(同州でのTANFの名称)と「セーフティネット扶助プログラム(Safety Net Assistance Program: SNA)」が設置された。公的扶助にはTANF以外にも州と地方政府が共同で実施する一般扶助が存在するが、SNAは一般扶助の同州における名称である。SNAは単身者や児童を扶養しない夫婦などFAの受給資格のない者、あるいはFAの受給制限期間を超えた者に対して行われる現金扶助や諸サービスである。ニューヨーク州福祉改革法によってFAに労働要請の強化や受給期間の制限が設けられる一方で、SNAにおいても労働要請が強化されるとともに現金扶助の受給期間が2年間に制限され、それを超過すると居住扶助などの現物給付のみに扶助は限定されることになった。同州ではFAやSNAの運用は地方政府が行うことになっており、FAの資金は連邦政府からの包括的補助金を差し引いた残りを州・地方政府で折半し、SNAの資金は州・地方政府によって自主財源で折半した(★注23)。

 ニューヨーク市はかつて地方政府単独で全米の約一割に匹敵する福祉(AFDC)受給者を抱えていた。図3は、同市の1955年から2007年6月にかけての公的扶助(AFDC/TANFと一般扶助の両方を含む)受給者数の推移を示す。ジュリアーニ政権(1994年1月〜2001年12月)下の福祉改革によって、受給者数はピーク時である1995年3月の1,160,593人から2001年12月の462,595人まで継続的に低下し約70万人削減した。またその後のブルームバーグ政権も基本的にジュリアーニの福祉政策を継承して、受給者数を2007年6月の36,0708人までほぼ継続的に低下させ、ピーク時と比べて約70%減少させている。


 図7 ニューヨーク市の受給者:1955年−2007年

 [略]

 出所:City of New York Human Resources Administration, 2007 を一部修正して訳出

 ニューヨーク市の代表的なワークフェアプログラムには、福祉申請者/受給者に対する就労斡旋プログラムと、就労経験プログラムがある。就労斡旋プログラムは整理統合が行われ、2000年以降「技能査定と就労斡旋(Skills Assessment and Placement: SAP)」と「雇用サービス就労斡旋(Employment Services Placement: ESP)」が展開された。SAPは公的扶助申請者に対して申請期間中行われる就労斡旋プログラムであり、申請が受理されて受給者になると受給者にはESPによって就労斡旋プログラムが提供された。受給者はこれらのプログラムへの参加を義務付けられるが、民間団体の就労促進・支援プログラムでも就労できない者は、「就労経験プログラム(Work Experience Program: WEP)」を通して主に市にアンペイドで雇われ就労義務を果たした。WEPは、最低賃金を基準にして週に最大35時間まで受給額を満たすだけの時間、公園や道路の清掃、ゴミ収集などの活動を行うよう受給者に要請するものであるが、参加者には労働者としての権利がなく劣悪な労働環境が批判されている。

 雇用可能な受給者に対して労働要請を厳格に実施するためには、全ての受給者を特定/把握し、雇用能力の観点から彼/女らの状態を査定することが必要となる。そのためニューヨーク市では情報管理システムを利用した「完全従事(full-engagement)」という政策が実施された。完全従事とは、福祉の申請者や受給者が、労働要請を免除されているか、SAP・ESP・WEPあるいは就労困難な層への特別な支援プログラムに従事しているか、従事してない場合は制裁措置を受けているか、を把握し管理するものである。ESP やSAPの実施は委託を受けた民間の請負業者で行われていたが、業績ベースの民間委託を実施する際には業績の評価や監視が重要であった。

 1999年から実施されたニューヨーク市の情報管理システムは、州の福祉管理システムを補完し、受給者の技能や居住区に適合するようにSAP、ESP、WEPを割り当て、他の報告システムと連携して受給者の労働参加状態や状況を追跡調査し監視した。他の報告システムとは、各ジョブセンターの業績を監視するために市の「人的資源局(Human Resources Administration: HRA)」に業績データを提供するJobStat、ジョブセンターのなかで個々のワーカーの業績を追跡調査するCenterStat、請負業者の業績を監視するためにHRAに情報を提供するVendorStatであった。JobStatやCenterStatによって提供される報告書に基づいて、各ジョブセンターは定期的な会議を行い、ジョブセンターの経営者はHRAの課長と隔週で会議を開いた。またHRAの管理者は請負業者の代表と毎週会議を開きVendorStat報告書を評価した。それぞれの報告システムを通して各機関・団体で業績に対する説明責任が強化された結果、雇用可能な受給者を就労促進プログラムに従事させることが可能になったのであった(★注24)。

 ニューヨーク市の貧困層や失業者は、SAPを通して公的扶助の申請を抑制される一方で,申請が承認され受給者になった場合には、ESPを通して業績ベースの民間委託によって雇用能力の強弱で選別され,雇用能力の高い受給者に有利な雇用サービスが展開されることになった。その結果、雇用能力の低い受給者は、公的扶助の受給を保持するためにWEPの隷属的な活動に従事し就労義務を果たすべくプログラムに滞留するか、WEPを忌避して低賃金の不安定な職に就くか、職に就けず隷属的な活動に従事することも拒否して受給資格を剥奪され公的扶助から排除されるようになったのである。実際、2001年にSAPに照会された約38,000人の申請者のうち職に就けたのは約15%であり、職に就いた申請者のうち公的扶助を受給しなかったのは約20%であった。また同年ESPに照会された約42,000人の受給者のうち職に就けたのは約13%であった。WEP 参加者数は、1996年末には30,000人を超えていたが1999年末の約35,000人をピークに減少し、2001年末には20,000人を下回った。受給資格があるにもかかわらず申請が却下された、あるいは受給資格を剥奪された貧困層や失業者の増加と、ホームレスの数の増加との関連が懸念されている。

 以上ニューヨーク市の事例を通して、労働要請の厳格な実施を可能にするワークフェアプログラムの運用についてみてきたが、就労からも福祉からも排除される層の増加が危惧される。全米の貧困率は2005年で12.6%と依然として高く、貧困者数は同年3700万人と増加傾向にある(U.S. Census Bureau 2006: 13)。にもかかわらず公的扶助の捕捉率は、1981年から1996年にかけてのAFDC時期における77%から86%間の推移から、TANF実施後の激減を経た2004年の24%にまで低下している(USDHHS 2007b: II-18)。今後、労働要請を強化する方向で裁量性が限定されるとともに非常に高い労働参加率の達成が課されるなかで、TANFを受給できなくなった就労困難な層に対して州・地方政府がどのように対処していくのかが注目される。



[注]

★20 TANFおよびAFDCについては、本年鑑2001年版などを参照のこと。

★21 TANFには、MOE(Maintenance of Effort)条項と呼ばれる規定があり、過年度の支出実績に基づいて州政府は支出を義務付けられている。MOE支出は、1994年度のAFDCに関連する州政府支出の実績額の80%であった(根岸2006: 146-52)。

★22 Besharov and Germans(2004)は、ニューヨーク市の完全従事政策をほぼ全米に適用できるモデルとして捉え、その詳細について分析している。また本項の以下の部分は、小林(2007b)を大幅に圧縮するとともに適宜改稿・加筆したものである。なおニューヨークのワークフェアの現状については、小林(2007a)を参照されたい。

★23 ちなみにニューヨーク州では、TANFの受給期限を超過したものがSNAを受給する場合、MOE支出の対象となった(New York State, Office of Temporary and Disability Assistance 2004: 122)。

★24 TANF実施に伴う州・地方政府の一つの傾向として、福祉を運営するためのコンピュータ化された情報管理システムが近年ますます洗練されてきたことが挙げられる(Lurie 2006: 219)。情報管理システムは、紙媒体・電話・FAXなどに基づく伝統的な手法を補完/強化しながら、福祉受給を削減し就労を奨励するのに重要な役割を担い福祉登録件数の減少に寄与している。


[参考文献]

◆根岸毅宏,2006,『アメリカの福祉改革』日本経済評論社.

◆小林勇人,2007a,「冗談でも、本気ならなおさら、"Don't Kill Me!"――ニューヨークのワークフェアの『現状』」 『VOL』2: 108-15(http://www.ritsumei.ac.jp/~ps010988/200702.htm).

◆――――,2007b,「ニューヨーク市のワークフェア政策――就労『支援』プログラムが受給者にもたらす効果」『福祉社会学研究』4: 144-64.

◆Besharov, Douglas J. and Peter Germanis, 2004, Full-Engagement Welfare in New York City: Lessons for TANF's Participation Requirements (http://www.welfareacademy.org/pubs/welfare/nyc_hra.pdf, August 31, 2007 ).

◆City of New York Human Resources Administration, 2007, "Public Assistance Recipients in NYC 1955-2007"(http://www.nyc.gov/html/hra/downloads/pdf/total_pann.pdf, September 2, 2007).

◆Fox, Liana, 2007, "What a New Federal Minimum Wage Means for the States" Economic Policy Institute (http://www.epi.org/issuebriefs/234/ib234.pdf, September 2, 2007).

◆Lower-Basch, Elizabeth, 2007, Congress Should Take Action to Restore Flexibility Lost in 2006 Welfare Reauthorization and HHS Regulations, Center for Law and Social Policy (http://www.clasp.org/publications/flexibility_2006_tanf_rev2.pdf, August 31, 2007 ).

◆Lurie, Irene, 2006, At the Front Lines of the Welfare System: A Perspective on the Decline in Welfare Caseloads, Albany: The Rockefeller Institute Press.

◆New York State, Office of Temporary & Disability Assistance, Division of Temporary Assistance, 2004, Temporary Assistance Source Book (http://www.otda.state.ny.us/otda/ta/TASB.pdf, August 23, 2007).

◆Schott, Liz and Sharon Parrott, 2007, DESIGNING SOLELY STATE-FUNDED PROGRAMS, Implementation Guide for One "Win-Win" Solution for Families and States, Center on Budget and Policy Priority (http://www.cbpp.org/12-7-06tanf.pdf, August 31, 2007).

◆U.S. Census Bureau, 2006, Income, Poverty, and Health Insurance Coverage in the United States: 2005 (http://www.census.gov/prod/2006pubs/p60-231.pdf, August 23, 2007).

◆U. S. Department of Health and Human Services, Administration for Children and Families, 2006a, "Reauthorization of the Temporary Assistance for Needy Families Program; Interim Final Rule," Federal Register, 71(125): 37454-83 (http://www.acf.hhs.gov/programs/ofa/tanfregs/tfinrule.pdf, August 14, 2007).

◆――――, 2006b, TANF Interim Final Rule: Focus on Work and Accountability (http://www.acf.hhs.gov/programs/ofa/Press_Event_Slides.ppt, August 14, 2007).

◆――――, 2006c, Fact Sheet, Welfare Reform: Deficit Reduction Act of 2005 (http://www.acf.hhs.gov/programs/ofa/drafact.htm, August 14, 2007).

◆――――, 2006d, TEMPORARY ASSISTANCE FOR NEEDY FAMILIES (TANF) Seventh Annual Report to Congress (http://www.acf.hhs.gov/programs/ofa/annualreport7/TANF_7th_Report_Final_101006.pdf, August 23, 2007).

◆――――, 2007a, TANF Quarterly Caseload Report: 2006 (http://www.acf.hhs.gov//programs/ofa/caseload/2006/2006_family_ssp.htm, August 24, 2007).

◆――――, 2007b, Indicators of Welfare Dependence: Annual Report to Congress, 2007 (http://aspe.hhs.gov/hsp/indicators07/index.htm, August 21, 2007).


[正誤表]

・265ページ、参考文献の
「City of New York(2007)」 →  「City of New York Human Resources Administration, 2007」

・269ページ、参考文献の
「――――(2007b)」 → 「U. S. Department of Health and Human Services, Office of the Assistant Secretary for Planning and Evaluation, (2007b)」


UP:20071128 REV:
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