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キャッシュ・フォー・ワークとワークフェア
―東日本大震災からの復興支援にみる福祉社会の課題―

小林 勇人 20120530
『福祉社会学研究』9: 46-62.


[目次]

■要旨

■1 問題意識

■2 CFWの概要

■3 CFWの検討

■4 CFW以外の支援

■5 CFWとワークフェア

■注

文献

Abstract



[正誤表]

[言及・紹介]



[要旨]

 本稿は,東日本大震災からの復興支援で注目されているキャッシュ・フォー・ワーク(Cash for work: CFW)を,ワークフェアと比較しながら考察し,福祉社会の課題を明らかにした.CFWは,復興事業へ被災者を雇用するものであるが,長期的な支援を必要とする災害に対して十分に機能せず,ましてや震災以前の低所得・失業・貧困問題には対応できない.
 今回の大震災では,複合的な災害が複雑に交錯する一方で,震災以前から社会が抱えていた問題と震災によって生じた問題が複雑に折り重なっており,復興までに長期間を必要とする.そのため生活保護による所得保障が重要となるが,被災者が生活保護を利用するには様々な困難があるうえに,生活保護改革の議論は,震災前後を通じてワークフェア的な方向で進展している.ワークフェアとは,就労可能な公的扶助受給者に労働を義務付ける政策を意味する.他の支援が不十分であれば,CFWはうまく機能できず,ワークフェア的なものに後退する可能性がある.
 CFWとワークフェアは,福祉や支援への「依存」から脱却し就労を通した「自立」を志向する点で同種の目的を有するとともに,労働能力が低い者に対して十分な支援を提供できないという共通の問題を抱える.これに対して,生活保護による所得保障を拡充していくことこそが,CFWをうまく機能させることにも繋がる重要な復興支援であり,また震災の前後に一貫して福祉社会が抱える課題でもあるのだ.

[キーワード]

キャッシュ・フォー・ワーク,ワークフェア,東日本大震災,復興支援,福祉社会




1 問題意識

 2011年3月11日に生じた「東北地方太平洋沖地震」(M9.0)によって「東日本大震災」が引き起こされ,死者および行方不明者を合わせて約2万人,負傷者約6,000人という大規模な被害が発生した.

 災害学者の牧によれば,この大震災を理解するためには,巨大地震という自然現象が,複合的な社会現象引き起こしているのであり,一つの事象を注視するのではなく,複数の社会現象が同時に発生しているという認識をもつことが重要とされる(牧2011: 143-59).複合的な社会現象として,@東日本の太平洋沿岸域での津波による壊滅的被害,A百万都市・仙台市での多くの人的被害,ライフライン停止に伴う大規模な生活支障,B原子力発電所の被害とそれに伴う多くの人々の長距離避難,C長周期地震動・計画停電による首都圏の機能不全,Dサプライチェーンの支障,株価の下落等,日本さらには世界への供給被害の波及,などが挙げられている.また今回の災害からの回復については,高度成長時代のイメージがつきまとう「復興」という言葉よりも,生まれ変わるという意味で「再生」という言葉が適切といわれる.

 本誌において東日本大震災の特集が組まれるなかで,筆者に与えられた主題は,復興支援のなかで注目されているキャッシュ・フォー・ワーク(Cash for work: CFW)の検討を通して,福祉社会の課題を明らかにすることである.CFWとは,復興事業へ被災者の雇用を求めるものであるが,公助・共助であるはずの復興支援に自助である労働を接続する試みともみなせる.この点について,ワークフェアと対比させながら整理する,ということが,本誌から筆者への要請であった.

 ワークフェアは,狭義には,就労可能な公的扶助受給者に労働を義務付けることを意味し,広義には,労働を社会的支援の条件とすることを指すが,本稿では前者の意味で用いる.本誌からの要請に関連させるならば,ワークフェアとは,公助である福祉に自助である労働を結びつけることによって,失業や貧困問題に対する社会の責任を個人の責任に転化するものといえる(小林2010).これに対してCFWは,結論を先に述べると,他の支援との関連によってワークフェアと同様の機能を果たす,あるいはワークフェア的なものに後退する可能性がある.

 CFWは,複合災害のなかでも津波被害への支援を主に想定していると考えられるが,雇用を確保することが被災者の多くの要望に沿っていることは確かであり,その要望を(一時的にであっても)実現する点で重要である.だが,今回の災害は津波被害以外の災害も交錯する複合的なものであり,被災地の雇用回復が容易ではなく長期の期間を必要とするのも同様に確かである.また原子力発電所の被害のことを考えるならば、長距離避難を可能にする所得保障が求められる。そのため復興支援には、雇用の確保だけでは不十分であり,長期的な所得保障を拡充していくことが重要となる.

 このような問題意識から,本稿では,第2節で,CFWの概要を述べ,第3節で,CFWの検討を行ったうえで,第4節で,CFW以外の所得保障による支援を概観し,第5節で,CFWとワークフェアの関連について考察を行うことによって,上述の課題を明らかにする.

 なお筆者は,本稿を執筆するにあたって,被災地のなかでも特に津波被害の被災地を訪れる必要があると考える.しかし,当日東京都内に滞在し「帰宅困難者」となったことによって首都圏の機能不全を体験したことに加え,後日関西地域で間接的に供給被害の波及を体験したものの,津波被害や仙台市での生活支障や原子力発電所の被害の被災地を訪れることは,原稿の依頼を受ける前も後もできていないことを付記しておく.

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[注]



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[文献]




[正誤表]




[言及・紹介]

◆ 20131130 秋元美世 「2012年度学会回顧と展望 社会保障・社会福祉政策部門」『社会福祉学』54(3): 110-23.

◆ 20121130 鎮目真人 「2011年度学会回顧と展望 社会保障・社会福祉政策部門」『社会福祉学』53(3): 126-39.


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◇English

[Title]

Cash for Work and Workfare: Proposing an Agenda for a Welfare Society by Analyzing Assistance for Recovery from the Great East Japan Earthquake

[Name]

KOBAYASHI, Hayato

[Abstract]

 This article proposes an agenda for a welfare society through comparing cash for work (CFW) with workfare. CFW programs employ victims of a disaster as workers on reconstruction projects (at below-market wages). Although CFW may be useful for tsunami disasters, which require short-term relief, it does not function well for other disasters and cannot respond to those who were the working poor or unemployed before earthquake.

 In the recent event, multiple disasters were linked inextricably with each other, and social problems existing prior to and resulting from the disasters also overlapped inextricably. It seems that recovery will take a long time. Therefore, in the disaster-stricken region, it is not enough only to ensure jobs; income security needs to be provided for a long time.

 The current systems of unemployment insurance and job-seeker support do not provide adequate income security, so public assistance is expected to play an important role, but there are many difficulties in using public assistance for disaster relief. Both before and after the disasters, arguments about reform of public assistance have leaned consistently in the direction of workfare. Workfare is a policy that forces employable public-assistance recipients to work. However, if there are not enough other forms of assistance, CFW does not function well, seems to act as workfare, or changes into something like it.

 CFW and workfare have similar purposes: to support self-sufficiency and reduce dependency on relief. In addition, they share a similar problem: they cannot offer support to less-employable people. In conclusion, in order to recover from this disaster and set an agenda for welfare society, it is important to expand income security through public assistance, which would make CFW function well.

[Keywords]

Cash for Work, Workfare, the Great East Japan Earthquake, Assistance for Reconstruction, Welfare Society


UP:20120131, REV:0510, 0528, 20140318

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