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「書評:埋橋孝文著『福祉政策の国際動向と日本の選択――ポスト「三つの世界」論』」

小林勇人 20110720
同志社大学社会福祉教育・研究支援センター発行『ニュースレター』』No.13

脱稿:2011.06.27


*以下、全文を掲載しますが、あくまでも「草稿」です。 → 誤字・脱字修正(2011.07.11)

1.はじめに

 本書は、社会保障や福祉政策の国際比較研究において日本におけるパイオニアの一人である著者が、2001年から2010年に書いた論文9本を大幅に加筆・修正しながらとりまとめたものである。この研究分野を大きく進展させた記念碑的著作は、1990年に出版されたエスピン‐アンデルセンの『福祉資本主義の三つの世界』であった。だがその後、同書の理論的限界が明らかになる一方で、1990年代以降「労働と福祉の関係の再編」や税制を用いた「所得保障の新しい形」、グローバリゼーションの進展と併行する「ワーキングプア問題」や「最低所得保障問題」といった同書の分析枠組みを越える新しい福祉政策の国際動向が生じるようにもなった。日本でも近年新しい福祉政策を巡って様々なアイディアが提起されており、いわばポスト「三つの世界」論が要請される状況にある。このようななかで、本書は、新しい福祉政策の国際動向の論点を整理・検討し、日本への含意を示そうというものであり、本書が刊行された意義さらには期待される役割は大きい。著者の広範な知識と鋭い展望に基づく本書は、領域横断的に読者を獲得するであろうし、日本の今後の進路選択に関する政策論の活性化に大いに貢献するであろう。以下、本書の構成と目的を述べた上で、論評を行う。

2.本書の構成と目的

 本書の目次は下記の通りである。なお「まえがき」「結章」「あとがき」は書き下ろされている。

まえがき
序章 福祉政策における国際比較研究
第T部 比較福祉「国家」論から「政策」論へ
第1章 日本モデルの変容――社会保障制度の再設計に向けて
第2章 福祉国家の南欧モデルと日本
第3章 東アジアにおける社会政策の可能性
第4章 日本における高齢化「対策」を振り返って――東アジア社会保障への教訓
第U部 ワークフェアからメイキング・ワーク・ペイへ
第5章 公的扶助制度をめぐる国際動向が示唆するもの
第6章 ワークフェアの国際的席捲
第7章 3層のセーフティネットから4層のセーフティネットへ
第8章 給付つき税額控除制度の可能性と課題
結章 「三つの世界」後の20年
資料 福祉政策の国際動向(文献レビュー)
参考文献
あとがき

 本書の構成は、まず序章によって、『三つの世界』以降の研究動向が検討されるとともに本書全体の見取り図が提示される。そこでは福祉政策の比較研究の目的が、特定先進国の制度・事例の移植・導入という第一段階、多国間比較や類型論を通して自国の特徴や位置づけを明示的に明らかにするという第二段階、今後の進路に関する政策論の展開に寄与する第三段階、に整理される。現在は第三段階の役割が期待されているわけだが、本書はこれに応じるように二部構成となっている。第T部では、比較研究の視野が地理的に広げられ、南欧諸国、日本、中国、韓国における政策上の重要な論点が検討されるなかで、比較福祉「国家」論から「政策」論へと連結されていく。第U部では、国際動向のなかで最もインパクトの大きいワークフェアとメイキング・ワーク・ペイが取り上げられ、日本にとっての意義と問題点が解明される。
 また本書の目的は、第一に、国際比較的な視点から日本の新しい社会保障・福祉政策論を提示し(第1・7・8章)、第二に、南欧やアジアの福祉政策から日本の「姿」を診て(第2・3・4章)、第三に、「雇用志向」、「労働と福祉の関係の再編」が先行する欧米の経験を検証し日本への含意を得る(第5・6章)、ことである。

3.論評

 本書は欧米・日本・アジアの国々の福祉政策を射程に含むスケールの大きい研究であり、多岐に渡る論点の全てを論評するのは困難である。そこでアメリカを中心にワークフェア研究を行ってきた評者の関心に引き付けて焦点を絞り論評を行いたい。
 本書においてワークフェアは、新しい福祉政策の国際動向のなかでも「最もインパクトの大きい」政策とされ、全体を貫く鍵概念と言っても過言ではない。しかし、著者がワークフェアをどのように捉え、またどのように評価しているのかは、必ずしも明瞭ではないように思われる。
 著者は、より広義で一般的な包括的用語として、ワークフェアを、「何らかの方法を通して各種社会保障・福祉給付(…)を受ける人々の労働・社会参加を促進しようとする一連の政策」と定義する。だが著者も指摘するように、ワークフェアには様々なタイプがあり、一国のなかでもその時々の経済変化に応じてタイプ間での「揺らぎ」が観察されるし、政策対象者によって政策の中身も異なる。他方で、ワークフェアが国際的に普及した背景には1980年代以降の経済・雇用情勢の悪化という問題があるが、ワークフェアとは福祉から労働へ問題を「投げ返す」ものであり問題解決には繋がらず、これはワークフェアが抱える本来的な困難(アポリア)とされる。
 だがこの本来的な困難の指摘にとどまるのではなく、それが制度利用者に引き起こす矛盾に目を向ける必要があるのではないだろうか。例えば、アメリカではワークフェアの政策対象は、公的扶助受給者の大半を占めていたシングルマザーであったが、1996年の福祉大改革により、就労(準備)や結婚を促し「福祉依存」を減らすことを目的として、受給期限(5年)が設置される一方で就労支援プログラムが拡充された。しかし、雇用能力の低い受給者にとってワークフェアは、低賃金で不安定な職か、結婚か、の選択を迫るものであり、さらには職に就けず受給期間を使い果たした場合に受給資格を剥奪するものであった。
 このようにワークフェアが雇用能力の低い者に負荷をかけてしまうのは、単に「アメリカ型」であるからではなく、本来的な困難に起因する本質的な特徴なのではないだろうか。だとすれば、本書でワークフェアへの対案の一つとして挙げられている給付つき税額控除も慎重に検討する必要がある。なぜならアメリカでは、稼働所得税額控除は働いていなければ便益を得られないのであって、ワーキングプアを優遇する政策と、働けるのに働かない福祉受給者を冷遇する政策が、表裏一体となって福祉改革が推進されてきたからである。そもそも就労可能であるが職に就くのが困難な者が必ず一定数存在するからこそ、旧来の福祉制度における所得保障の意義があったのであり、福祉の抜本的再編を行うワークフェアにはその是非にまで踏み込んだ議論が求められるだろう。またそのような議論こそが、日本の今後の進路選択に関する政策論を活性化していくのではないだろうか。比較研究の第三段階は、規範論−政策論−動態論が交錯するとされる。本書の刊行を機に規範論も含めた議論の活性化を期待したい。


UP:20110627 REV:0711

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