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久本貴志著『アメリカの就労支援と貧困』日本経済評論社,2014年

小林勇人, 20150725, 「久本貴志著『アメリカの就労支援と貧困』日本経済評論社,2014年」 社会政策学会発行『社会政策』7(1): 197-200.
脱稿:2015.03.23


『福祉と正義』


*以下、全文を掲載しますが、あくまでも「草稿」です。


1 はじめに

 本書は,全8巻のシリーズ「アメリカの財政と分権」(渋谷博史監修)の4巻目であり,著者のこれまでの論文を取りまとめるとともに書き下ろしを加えて再構成したものである。再編期の福祉国家において低所得・失業・貧困問題が深刻化し,公的扶助の重要性が増大する一方で,費用節減の観点から公的扶助改革が進展するなかで,雇用政策と福祉政策が交錯しながら就労支援が展開されている。日本でも2013年末に改正生活保護法と生活困窮者自立支援法が成立し就労支援に注目が集まるなかで,本書が刊行された意義や含意は大きい。本書は,雇用・福祉(公的扶助)・教育などの「制度の谷間」におかれた貧困層への就労支援を主題とする意欲作であり,労働市場と公的扶助の間のセーフティーネットをどう構築するかを模索するうえでも格好の書といえるだろう。

2 本書の構成と特色

 本書の構成は以下の通りである。「序章 アメリカの貧困と就労支援の基本構造」と「第1章 連邦レベルの就労支援制度」において,(明示的ではないが)本書の分析視角が提示されている。まずアメリカの福祉改革の政策評価の概念として,就労最優先アプローチと人的資本アプローチが紹介される。前者は,受給者の即座の就労を優先し,職業紹介等に重点を置くが,低賃金の職種に就くのでは貧困から脱却できないという問題があるのに対して,後者は,受給者の自立に繋がる技能向上を優先し,教育訓練等に重点を置くものである。次に貧困層への就労支援制度として,福祉制度(TANF)は対象が最貧困層であるのに対して,雇用制度(WIA)は対象が貧困層であると整理されたうえで,両制度が福祉依存の解消という同じ政策的文脈のなかにあり,雇用制度の議論でも前述の福祉改革についての概念が援用されていると指摘される。そのうえで,アメリカ型就労支援の基本構造は,基礎となる1階部分が,連邦レベルでの就労最優先アプローチであるが,それだけでは貧困問題に対処できないので,2階部分の州・地方レベルでの裁量による人的資本アプローチによって対応する,という2階立て構造になっていることが示される。

 アメリカの分権システムのもとで,州・地方レベルの政策はそれぞれの政府の裁量によって多様な展開をみせており,就労支援の担い手として,各地域の多様な民間組織の活動も活発である。そのなかで本書は,人的資本アプローチの軸としてコミュニティ・カレッジに焦点をあてて分析し,アメリカ型就労支援の特徴として,「就労最優先アプローチを基礎にして,対象者が選択すれば自助努力で技能を向上させていける仕組みを提供する,すなわち個人の自助努力を前提として自立の機会を提供する」(18頁)ことを明らかにしようとする。

 このような分析視角のもとで,事例検討として,「第2章 カリフォルニア州福祉改革とコミュニティ・カレッジ」では,福祉受給者への教育訓練が,「第3章 ミシガン州の教育訓練重視の試み」では,貧困層(と福祉受給者)への教育訓練が,「第4章 オレゴン州の継続的な教育訓練機会の提供策」では,貧困層への教育訓練が,取り上げられ,「終章 アメリカ型就労支援:まとめと今後の課題」で結ばれる。

 本書の特色は,貧困層への就労支援という困難な主題に対して,制度的には福祉制度と雇用制度の連携に着目し,政策の担い手として公的教育機関に焦点をあてながら,アメリカ型就労支援の2階立て構造を実証しようと試みる点にある。言い換えると,雇用・福祉・教育の領域横断的なアプローチを採用し,事例検討を通して州・地方レベルの多様性を実証しつつも,それらを基にアメリカ型就労支援の基本構造を解明する点にある。特にコミュニティ・カレッジにおける就労支援プログラムの詳細な検討は注目に値する。

3 論評

 本書は,困難な主題に挑む意欲作であるが故に,目的や分析視角や構成がやや不明瞭になってしまったように思われる。そこで本書において雇用・福祉・教育の領域を横断して考察するための鍵となる政策展開(ワークフェア)に着目して,今後の研究の分析枠組みの構築に役立たせるための論点を指摘したい。なお著者が分析の力点を置くコミュニティ・カレッジも,ワークフェアの受け皿として考察することで,その特徴がより明瞭になると思われる。

(1)問題意識の不明瞭さ:著書は「福祉依存」をどう評価するか

 1990年代の福祉改革は,アメリカ的な特徴の強化であり,「その就労要件や就労支援が,福祉受給者の自立的な生活につながるか否か,そしてそのことが福祉受給者の真の自由の基盤となりえるのか」(1頁)が問題だとされる。だが本書は「アメリカ型就労支援を,肯定的もしくは否定的に評価することを目的としておらず,アメリカ型福祉国家における自助・自立・自由のもとで,アメリカ型就労支援がどのような特徴を有しているのかを明確にすることを目的」(19頁)にしている。しかし,各事例における政策について成果の考察が行われており,これは政策評価に他ならないのではないか。たとえば,カリフォルニア州の事例では,福祉受給者の自立に失敗していることが明らかにされているが,この政策評価に基づいて,本書の問題意識と目的の間に整合性を持たせる必要があるだろう。対象の記述と評価は必ずしも相反するものではなく,綿密な実証に基づく政策評価によって就労支援の特徴がより明確になると思われる。

 また政策が掲げる目標(就労支援による福祉依存からの脱却・自立)から政策を評価するだけではなく,政策の背後にある問題にも留意しなければならない。評者は,受給者の大半を占める非白人シングルマザーにとって福祉大改革(AFDCからTANFへの置換)の最大の問題点は,受給期限(生涯で5年)の設定によって福祉の権利としての性質が失われてしまった点にあると考える。「福祉依存」によって就労可能だが働かず非婚や離婚を選択する母親が増加することで勤労倫理や家族規範の崩壊が懸念されたため,受給期限を設けて就労や結婚を促す改革が実施された。だが期限が過ぎても就労や結婚していない者は福祉を剥奪され,その結果生じる貧困問題は自己責任にされてしまったといえる。現金扶助の制限と就労支援の相対的な拡充をセットで行うワークフェアは,労働能力の有無や高低によって人々の選別・序列化・分断を行うものなのではないだろうか[小林, 2013]。

(2)分析視角の精緻化

 第一に,アメリカ型就労支援の2階立て構造について,連邦・州・地方の関係において,州政府や地方政府にどの程度裁量があり,その裁量は何に規定されるのであろうか。本書の説明では,連邦レベルで就労最優先アプローチを採用しているのは明らかだが,州や地方レベルで就労最優先アプローチと人的資本アプローチのどちらを採用しているのかが不明瞭である。おそらく,州や地方レベルでも連邦レベルの制度に規定されるかたちで就労最優先アプローチを採用するが,その結果生じる問題に対して人的資本アプローチの<要素>を組み込むことで調整していると考えられる。だとすれば,州や地方レベルで人的資本アプローチを採用しているように読める記述が散見されるので,<要素>に用語を統一したほうがよいだろう。加えて,就労支援の構造・制度・政策を形成する福祉政治について概要でもいいので説明がほしい。人的資本アプローチはリベラル派によって,就労最優先アプローチは保守派によって支持されていると思われるが,両派について政府と議会の力関係等はどうなっているのだろうか。

 第二に,アメリカにおける就労支援の歴史的経緯に留意する必要があったのではないか。福祉制度と雇用制度の連携に着目する本書では,両制度に共通する最大の問題点として,「対象者にとって教育訓練の機会が不足している点および教育訓練が雇用主のニーズにあっていない」(3頁)ことが挙げられる。しかし,どのように就労支援を改善してもどうしても職に就くのが困難な層は必ず一定数存在するのであり,就労支援を受けても職に就けない者にとって福祉大改革によって現金扶助が制限されてしまったことのほうが問題なのではないか。両制度の連携を考えるうえで,「福祉依存」の解消という政策的文脈を歴史的に掘り下げることが重要となるであろう。

 一般的にアメリカの雇用政策は消極的であり貧困対策(福祉政策)として実施されてきた経緯がある。その背景には,本書でも指摘されるような「貧困に陥った者の自助努力で自立を確保し,自由の基盤とするというアメリカ的な原理」(1頁)があり,この原理には「リベラル派も保守派も反対しない」(1-2頁)のは確かであろう。しかし,この原理の一般的な実現方法として,貧困問題の社会的要因を重視するリベラル派が人的資本アプローチによる就労支援を支持するのは理解できるが,貧困問題を個人に帰責する保守派は就労支援に反対すると考えた方が妥当ではないか。問題は,本来ならば就労支援に反対するであろう保守派が,(就労最優先アプローチであったとしても)なぜ就労支援に賛成するかである。おそらく保守派にとって勤労倫理や家族規範を損なう要因たる現金扶助を制限するための妥協策として就労支援に賛成したのではないだろうか。

 第三に,就労困難な者に対してどの程度まで就労支援を行い,就労支援を受けても職に就けない者にはどう対応するのか,を問わなければならないのではないか。著者も「教育訓練を希望して経済的自立を目指す受給者のためにどの程度まで支援するのか」(35頁)を福祉制度の論点に挙げているが,これは雇用制度にも該当するであろう。雇用制度のなかで成人を対象とする就労支援は,「求職活動に関する支援を受けつつ求職活動をおこなっても雇用を確保できない場合に教育訓練を受ける」仕組みであり,費用を要する教育訓練の「利用を制限することによって,サービス提供の効率化が意図」(41頁)されている。また教育訓練の必要性を判断するワンストップセンターの職員には,「訓練よりも仕事の獲得を優先する現状」や「利用者を指導する役割を担っており,利用者に明確な教育訓練に関する計画がない場合においては,職員の意見が大きなウェイトを持つ可能性」(41-2頁)がある。

 一般的に就労困難な者の教育訓練には費用がかかるが,リベラル派も巨額の費用を伴う就労支援に対しては賛成できない。ここにリベラル派の矛盾や人的資本アプローチの限界があり,1980年代以降の保守派や就労最優先アプローチの優勢化の一因がある[小林, 2010]。おそらく費用が巨額にならない(多くても福祉大改革前の現金扶助の費用を越えない)範囲で支援を行う仕組みになっており,能力がある程度高くなければ就労支援から恩恵を受けられないのではないだろうか。実際,人的資本アプローチ要素の強化が必要な典型例であるミシガン州の事例でも,「仕事,教育訓練,家庭の3つをうまく調整できる者だけがキャリアを向上させる良い雇用への経路(pathway)を進むことができる」(146頁)と結論付けられている。結局,アメリカ型就労支援の特徴は,自助努力を行える(能力が高い)者には,「選択」によって「自立」への機会が提供されるが,自助努力を行えない(能力が低い)者には,「選択」の余地はなく「自立」への機会は提供されない,というものなのだろうか。だとすれば,就労困難な者にとって現金扶助は依然として重要であり,現金扶助の制限とは切り離すかたちで就労支援が構想されなければならないであろう。

参考文献

小林勇人,2010,「カリフォルニア州の福祉改革――ワークフェアの二つのモデルの競合と帰結」渋谷博史・中浜隆編『アメリカ・モデル福祉国家T――競争への補助階段』昭和堂,66-129.
――――,2013,「ワークフェアと労働――ニューヨーク市の労働体験事業」武川正吾編『公共性の福祉社会学――公正な社会とは』東京大学出版会,29-52.




UP:20150326, 0731

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