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生活困窮者の就労意識の変化――アンケート及びインタビュー調査から

小林 勇人 2020/07/10
第7章「生活困窮者の就労意識の変化――アンケート及びインタビュー調査から」
山田壮志郎編『ホームレス経験者が地域で定着できる条件は何か――パネル調査からみた生活困窮者支援の課題』ミネルヴァ書房,144-69.
『ホームレス経験者が地域で定着できる条件は何か――パネル調査からみた生活困窮者支援の課題』



■目次

1 ワーキングプア・失業・貧困問題と生活保護
2 就労・求職活動の実情――アンケート調査の概要
3 半構造化インタビューの実施
4 生活困窮者の労働・福祉観の変化――インタビュー調査の結果
(1)流動性と企画立案
(2)人の縁と事故
(3)分類と正義
(4)仕事と家族
5 ワークフェア政策と就労意識


文献


■1 ワーキングプア・失業・貧困問題と生活保護

 1990年代後半以降、日本国内において雇用と家族の不安定化が進むにつれ、ワーキングプア・失業・貧困問題が拡大してきた。非正規雇用者の割合が4割を超えるなど雇用の非正規化が進むとともに、非婚・離婚の増加や一人親家庭の増加など家族の「非正規化」も進んでいる。個人の就労努力や家族間の助け合いで貧困問題に対応することは限界に達しており、社会保障制度の重要性が増している。しかし、日本の社会保障制度は、安定した雇用と家族を前提に形成されたため、雇用と家族の揺らぎに対応できずにいた(宮本2009)。社会保障制度のなかで、社会保険制度は十分に機能しなくなり、生活保護制度が貧困問題を一手に引き受けなければならない状況になりつつあった。

 生活保護の受給者数は、バブル経済崩壊後の不況などによって1990年代後半から増加し、2008年の世界的な金融危機で雇用情勢が悪化した後は、「就労可能な」受給者の急増を特徴としながら増加してきた。受給者数の増加に対応して、また地方分権改革とも重なりながら、2000年代前半以降、生活保護について抜本的な見直し議論が本格化した。同議論では、多数の受給者を抱える大都市を中心に地方自治体から、就労可能な受給者を「怠惰」とみなして受給期限を設け就労支援への参加を義務付けるアイディアなどが提起された(小林2012)。さらに2012年にはお笑い芸人のマスコミ報道を端緒に生活保護バッシングが引き起こされ、受給者親族の扶養義務の強化が注目されるようになった。

 実際の生活保護改革の動向として、2000年代の老齢加算・母子加算の廃止に続いて、2012年の社会保障制度改革推進法の成立以降の、生活保護基準の引下げ、生活保護法の改正、生活困窮者自立支援法の施行が挙げられる。2013年末に成立した改正生活保護法の主な特徴は、受給者の労働義務の強化、親族の扶養義務の強化、申請の厳格化や不正受給の厳罰化であり、「最後のセーフティネット」の機能を弱体化させるものであった。また同改正とセットで成立した生活困窮者自立支援法は、生活保護の利用抑制という性格をもつ反面、生活困窮者の掘り起こしや支援という機能を併せもっていた(吉永2015:3)。

 一連の改革は、ワークフェアと呼ばれる再編期の福祉国家に共通する一般的な傾向の一環として捉えることができる。ワークフェアは、公的扶助費用の増大を防ぐために就労可能な者が働くことを「選択」するよう公的扶助の受給を冷遇し働くことを相対的に優遇する仕掛けといえる(小林2013)。様々な困難を抱える生活困窮者は、就労困難であり生活保護を利用することが多い。しかし、ワークフェアは生活困窮者に深刻な矛盾を生じさせると考えられる。第一に、相対的に雇用能力が高い生活困窮者は、求職活動を行い仕事に就けたとしても低賃金で不安定な仕事であればワーキングプアとなる。第二に、雇用能力が低い生活困窮者は、求職活動を行ったとしても仕事に就けなければ、労働義務を果たすことができない。第三に、就労不可能な生活困窮者は、労働義務を免除されるが労働不能の烙印をおされ雇用中心社会から排除されてしまう。第四に、労働義務を果たせない者がワークエアを忌避して生活保護の受給を諦めれば貧困状態に陥ってしまう。

 ワークフェアが優勢な時代に生み出される矛盾は、生活困窮者の就労意識にどのような影響を及ぼすのであろうか。本章では、その影響の一端を、インタビュー調査を基にアンケート調査で補足しながら明らかにする。



[言及・紹介]

◆鈴木忠義,20211130,「2020年度学会回顧と展望――貧困・公的扶助部門」『社会福祉学』62(3): 114-27.
→ 115-6にて言及

UP:20200524 REV:20230106

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