>HOME >小林 勇人 小林 勇人 2023/11/10 「アンソニー・ギデンズ『第三の道一一効率と公正の新たな同盟』」 福祉社会学会編『福祉社会学文献ガイド』学文社,313-21. http://www.arsvi.com/b1990/9800ga.htm *以下、一部分を掲載しますが、あくまでも「草稿」からの抜粋です。関心のある方は、お買い求め頂ければ幸いです。 ■T.概要 本書は、イギリスの社会学を主導する研究者アンソニー・ギデンズが、グローバル化をはじめとする世界の変化に対して、社会民主主義の刷新を包括的に論じる。「第三の道」とは、旧式の社会民主主義と新自由主義という二つの道を超克する道を意味する。 ・・・ U.研究上の意義・評価 ・・・ しかし、本書は少なからぬ批判も招いた。批判の多くは、既存の理念や政策の寄せ集めに過ぎないという保守派からの批判であった。なかでも左派からの批判は、第三の道政治へのより一般的な批判として、以下のように整理された(Giddens 2000=2003: 7-30 V-1参照)。第三の道は、第一に、旧式の社会民主主義と新自由主義との対比で消極的にしか定義されず、一貫性を欠く。第二に、左派としての適切な視点を保持していないので、保守主義の一形態に陥る。第三に、グローバル市場に関して、新自由主義の基本的枠組みを受け入れている。第四に、本質的にアングロ・サクソン的プロジェクトであり、北欧のような福祉国家では役立たない。第五に、経済を市場の支配に任せること以外に、明確な経済政策をもたない。第六に、環境保護問題を取り扱うための効果的な方策を持ち合わせていない。これらの批判にギデンズは反論し、総じて第三の道は、新自由主義を継承するものではなく新自由主義に取って代わる政治哲学であると擁護した。 カリニコスによれば、新自由主義に替わる方向を求めるならば、第三の道とは別の方向を模索しなければならない(Callinicos 2001=2003: 10-2, 84-91 V-2参照)。第三の道が乗り越えようとする二つの選択肢は非対称的である。ギデンズが措定する限定的な意味での社会主義は終焉したが、第二の選択肢である新自由主義は健在である。左派と右派を分かつ平等についても、できるだけ多くの人々を賃金型雇用に就かせることで不平等を緩和できるというニュー・レイバーのアプローチは間違っている。最も不利な立場にある者の多くは働くことができないし、困窮して未熟練な者は低賃金労働に就かざるをえないだけに貧困から抜け出せず失業状態に戻っている。また教育と訓練の改善によって個人の市場能力を高める政策は、教育自体が経済的不平等を反映しがちであり、不平等を再生産する。つまり平等主義を新自由主義の経済学に実効的に盛り込もうとしても困難なのである。 また従来の福祉国家体制を「旧式の社会民主主義」と一括りにする一方で、イギリスなどの「自由主義レジーム」やオランダなどの「保守主義レジーム」における改革動向を「第三の道」として対置させることは、ミス・リーディングである(宮本2002: 70-5)。エスピン・アンデルセンによれば、従来の福祉国家体制は多様であり、社会民主主義は本来グローバリゼーションと脱工業化に対して適応力をもち得る。ただし「社会民主主義レジーム」は北欧諸国に限定される。たとえばイギリスは、労働党が一定の影響力を有したとはいえ、体制としては市場原理が強い「自由主義レジーム」に近く、二重構造化が顕著になるなどの問題を抱える。これに対して、「旧式の社会民主主義」のなかで最も成功した北欧社会民主主義は、福祉と就労を連携させる点で、「第三の道」を先取りしていた。 これらの論点について、ギデンズの議論(Giddens 2000=2003: 34-7, 97-138 V-1参照)では、第一に、第三の道は、不平等の問題に対して、経済的な再分配を前提としつつも機会の平等に焦点化し、人生全般のなかでどれだけ自己実現の機会が与えられるかを考慮する動態的なアプローチをとる。一時的な貧困と慢性的な貧困を区別し、貧困が社会的排除を引き起こしたり、社会的排除が慢性的な貧困を引き起こすことがないよう、政府は広範囲に関与する必要がある。第二に、第三の道はアングロ・サクソン特有のプロジェクトではない。たとえば、ニュー・レイバーの「福祉から就労へ」政策のアイディアの源泉は、アメリカのニュー・デモクラッツによる福祉改革だけではなく、スウェーデンの政策にもある。また1990年代前半のデンマークの福祉と労働市場の改革と、イギリスの福祉と労働市場の改革は、重なり合う領域が大きい。1980年代半ば以降の世界中の社会民主主義政党による政策転換には多くの収斂傾向があり、第三の道は、その改革過程を促進できる枠組みを提供するものであった。 本書は、賛否両論を伴い多くの論争を引き起こしたが、社会民主主義の刷新について国際的に議論を行うとともに政策転換を促進する枠組みを提供することによって、社会民主主義の再生に貢献したといえる。だが第三の道の福祉政策によって、貧困に陥った者が、貧困から抜け出せたのかどうか、人生全般のなかで自己実現の機会を与えられたのかどうか、長期的な観点から評価されなければならない。福祉政策の評価は、左派と右派を分かつ不平等問題への取り組みを評価するうえで重要である。ギデンズが提起した枠組みが、議論や政策転換をどのような方向へと導き、貧困者にどのような帰結をもたらすことになったのか。これらが明らかになるとき、本書の評価が定まるであろう。 V.今後の読書のために 1.ギデンズ『第三の道とその批判』 http://www.arsvi.com/b2000/0000ga.htm Giddens, Anthony, 2000, The Third Way and Its Critics, Cambridge: Polity Press.(今枝法之・干川剛史訳,2003,『第三の道とその批判』晃洋書房.) 本書はギデンズの『第三の道』の続編である。第三の道への批判を検討し、前著で輪郭を示したテーマのいくつかを詳しく説明する。第4章「不平等の問題」は、貧困や不平等に関連する福祉政策の再構築の特性について以下のように述べる。不平等は富裕者から貧困者への所得移転のみでは解消できなない。貧困を緩和するよう考案された福祉給付が、貧困を創出し永続化させるからである。慢性的な貧困は、排除のメカニズムと結びついており、政府が営利企業や非営利部門と連携して取り組む特別な援助が必要である。同連携のもとで貧困地域を経済発展させれば、競争力のある企業が創設されるし、貧困地域の住人も働くことを望んでいる。政府の資源は治安改善などに利用されるべきである。本書を前著とあわせて読むことで、ギデンズの構想をより具体的に理解できる。 2.カリニコス『第三の道を越えて』 Callinicos, Alex, 2001, Against the Third Way: An Anti-Capitalist Critique, Cambridge: Polity Press.(中谷義和監訳,2003,『第三の道を越えて』日本経済評論社.) 本書はマルクス主義政治経済学者による「第三の道」の批判の書である。ギデンズは社会主義を「経済の国家統制」という意味で措定し、第三の道の登場を「社会主義の終焉」と結びつける。だが多くの社会主義モデルは「経済の国家統制」によって資本主義を克服しようと試みてはいない。第三の道は、新自由主義か、それとも経済的国家主義か、という二つの選択肢の間にある別の道の可能性を閉ざし、新自由主義政策を加速させる。また第三の道の倫理の国際的次元に留意して、世界経済とグローバル政治の連関を考えることも重要である。ニュー・レイバーの「倫理的」外交政策は、第三世界の専制国家に武器を売りつけることと結びついていた。倫理政治的価値と社会経済的変化の相互関係という第三の道の主題を考えるうえで格好の書である。 3.宮本太郎『社会的包摂の政治学』 cf. http://www.arsvi.com/w/mt10.htm 宮本太郎,2013,『社会的包摂の政治学――自立と承認をめぐる政治対抗』ミネルヴァ書房. 本書は改革論議を主導した著者による社会的包摂研究の集大成である。社会的包摂は、狭義には公的扶助受給者や生活困窮者に就労支援や雇用確保を行う政策を意味するが、異なる方法がある。ワークフェアは、雇用に一定の支援と動機付けがあるが、雇用を離れる条件は厳しく、既成の労働市場への参加を強制する。アクティベーションは、包摂の場を雇用以外にも設定し、人的資本と雇用の質を高め、既成の労働市場を転換することを目指す。先進国では、保守主義や経済自由主義の陣営が新自由主義的なワークフェアに近い政策を掲げ、リベラル派や社会民主主義の陣営が新社会民主主義的なアクティベーションよりの立場にたって対抗した。福祉と就労を切り離すベーシックインカムも含めて社会的包摂を包括的に分析した本書は、「第三の道」の福祉政策を広く理解する枠組みを与えてくれる。 引用文献 宮本太郎,2002,「社会民主主義の転換とワークフェア改革――スウェーデンを軸に」『年報政治学』52: 69-88. UP:20240930 REV:1029 |