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ワークフェア

小林 勇人 20090715
VOL collective編(白石嘉治・矢部史郎責任編集)『VOL lexicon』以文社, 186-187.
以文社:http://www.ibunsha.co.jp/

■ワークフェア

 ワークフェア(workfare)とは、労働(work)と福祉(welfare)の合成語である。1968年にアメリカで考案されて以来、時代を経るに連れて新しい意味を持つとともに、イギリスを中心にヨーロッパに普及するなかで異なる文脈のなかで用いられるようになった。また近年の日本の自立支援政策にも影響を与えている。ひとまず広く捉えると、既存の福祉に労働を結び付けることによって福祉制度さらには福祉国家を改革するための言葉であり、労働の義務を持ち込むことによって福祉の権利やそれを求める運動を封じ込めるための言葉といえる。だが公的扶助、社会保険、社会福祉サービスなど、福祉の指し示す範囲は広い。そのため発祥国でもあり主導国でもあるアメリカの福祉を概観し、改革の方向性を把握しておくことが重要となる。

 アメリカで福祉といえば公的扶助の一範疇である要扶養児童家族扶助(AFDC)を意味した。AFDCは、もともとは主に夫と死別したか夫に遺棄された女性のための現金扶助であったが、人種差別的に運用されたため黒人女性は除外されていた。だが失業・貧困問題が顕在化した1960年代には、公民権運動の隆盛やそれに付随する福祉権運動の進展などによって、福祉の対象が非婚・離婚女性や黒人女性、そして一部の失業中の(主に黒人)男性にまで拡大されるようになった。その結果、受給者数は「福祉爆発」と呼ばれる程にまで激増し、福祉費用の抑制が課題とされた。このようななかで福祉は、人々を「二人親で異性婚の家族」という家族規範から逸脱させシングル・マザー世帯の増加を招くとともに、就労可能な者やワーキング・プア世帯に就労せず福祉を受給させ勤労規範から逸脱させるものとして、非難された。そのため就労可能な受給者は、福祉に「依存」しているとみなされ、「就労を通した自立」によって福祉から脱却することが求められるようになった。

 1960年代の民主党政権によるリベラルな政策は、失業・貧困に対して短期的には現金扶助で対処しつつも、中長期的には職業訓練・教育プログラム等の就労支援を通して受給者が職に就き福祉ひいては貧困から脱却することを目指した。このようななかでワークフェアは、南部公民権運動の指導者によって、白人による報復に対抗しながら黒人の有権者登録・投票運動を展開するために、「雇用の確保」とそれを前提にした福祉からの脱却という構想として提起されたのであった。その後1969年のニクソンの福祉改革案に用いられて以降全米に普及し、同案が4年にわたって審議されるなかで、就労可能な者が現金扶助を受給する際には見返りとして働かなければならない、ということを意味するようになった。

 しかし、リベラル派の政策は成果をあげることができず、保守派による福祉バックラッシュを招くことになった。1980年代以降、受給者に対する怠惰な「ウェルフェア・マザー」というイメージも伴って、受給者個人の行動様式が問題とされ、就労可能な受給者の労働義務が強化されるようになった。1980年代にワークフェアは、「職業紹介から職業訓練、教育プログラム、さらにはコミュニティ・ワークなどの一連の活動から成る、国民に義務の履行を求める国家的プログラム」を意味するようになった。これに対して、保守派は「福祉依存」に取り組むものとして積極的に支持する一方で、リベラル派は就労支援プログラムへの財源を増やすための政治的根拠や支援を与えるものとして取り組んだ。すなわち、保守派と支持を失っていくなかで妥協をせまられたリベラル派の間で超党派的なコンセンサスが形成されたのであった。

 このコンセンサスのもとで実施された1996年の福祉大改革によって、61年に渡って存続したAFDC制度は廃止され、貧困家族への一時的扶助(TANF)が創設された。TANFでは、生涯のうち5年という受給期限が設定されるなど、福祉の権利としての性格が失われてしまった。就労可能であるが雇用能力の低い者は、現金扶助を一時的に受給しても、就労支援プログラムに参加してなるべく早く低賃金で不安定な職に移行するか、職に就けずプログラムの隷属的な活動に従事して労働義務を果たすか、プログラムへの参加を忌避して福祉を剥奪されるようになった。この就労支援の帰結は、福祉受給者あるいは失業・貧困者の「自己責任」とみなされている。しかし、就労支援が必要な状況、すなわち失業・貧困問題が改めて別の角度から問われなければならない。失業・貧困問題が我々の問題であるからこそ、福祉(現金扶助)が権利として要求されてきたのだから。


文献
小林勇人,2008,「ワークフェアの起源と変容――アメリカにおける福祉改革の動態についての政策分析」立命館大学大学院先端総合学術研究科博士論文.
根岸毅宏,2006,『アメリカの福祉改革』日本経済評論社.
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0611nt.htm


UP:20090715

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