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争うNY――福祉を巡る市政と民間組織の攻防

小林 勇人 20111208 「争うNY――福祉を巡る市政と民間組織の攻防」
宇佐見耕一・小谷眞男・後藤玲子・原島博編集代表
『世界の社会福祉年鑑2011』(特集:社会福祉と貧困・格差)旬報社,202-3.

*2011年9月24日脱稿。以下はあくまでも「草稿」からの抜粋なので、御関心のある方は、お買い求め頂ければ幸いです。


 2011年9月11日。セプテンバーイレブンから10年。ひょんなことからニューヨーク市の市庁舎近くで、International Action Center(IAC)の企画に参加している。10周年を記念して、ではなく、高揚するナショナリズムに抗して、移民などマイノリティーの権利を擁護する企画だ。市庁舎を少し下ると、視界が開け、グラウンドゼロに再建されつつあるタワーが現れる。軍服姿のおじちゃんがちらほら歩いていたり。星条旗をまとって爆音を奏でる大型バイクが通り過ぎていったり。しかし、警備の警察官のなかには談笑する者もいて、全体としては穏やかな雰囲気だ。予想していたような緊迫感はない。ナショナリズムを掲げるほうがむしろマイノリティーであり滑稽に映る。だがマスコミでは異なるかたちで切り取られていくのだろうか。

 ニューヨーク市にはフィールドワークで訪れている(注)。IACは、アメリカ国外での戦争に反対するとともに、国内での人種差別と労働者の経済的搾取と戦うために、幅広い草の根の連合を形成することに取り組んでいる民間団体である。なぜIACに関わっているかというと、1996年にここを拠点として結成された公的扶助受給者の当事者団体ワークフェアネス(Workfairness:就労の公正性)のことを尋ねているうちに、仲良くなってしまったからだ。

 1996年は、クリントン政権下で福祉改革法が成立し、移民への受給要件が厳格化されるとともに、アメリカの福祉が大きくワークフェア(workfare)の方向に転換していった年である。だがニューヨーク市ではそれに先立ってワークフェア・プログラムが実施されていた。職を見つけることができない就労可能な受給者は、プログラムに参加し公園の清掃などの「仕事」を行うことで労働義務を果たさなければならなかった。これは受給者の権利侵害にあたるのではないかなど多くの批判を浴びることになる。ワークフェアに異議申し立てを行うためにワークフェア・ワーカーたちによって結成されたのがワークフェアネスだった。

 Workfairnessは、IACを拠点としつつ、様々な社会運動グループに支えられたが、特に公務員労組を中心とした労働組合から多くのサポートを得た。というのも、市の職員が解雇された後に人員の穴埋めとしてワークフェア・ワーカーが用いられるという事態が起こったからである。労働組合は、市が就労可能な受給者を低コストの労働予備軍として利用していると批判し、ワークフェアを組合潰しの一環として捉え、ワークフェア・ワーカーと連携したのだった。Workfairnessの活動は、未組織労働者や失業者さらには貧困者にまで運動を広げていくという可能性を含む試みであった。

 残念ながらWorkfairnessは2000年頃に解散してしまっていたが、元メンバーの何人かはIACで社会運動に関わっていたためインタビューを実施できた。他方で、ワークフェア・プログラムは現在も継続して行われている。これに対して強力な抗議活動を行っている民間非営利組織Community Voices Heard (CVH)を訪問することができた。1994年に結成されたCVHは、家族生活やコミュニティの向上を目指す、福祉の受給経験がある者を中心とした低所得者の組織である。CVHの位置するイースト・ハーレムは、看板などにSocialの文字が目につく地域であり、プエルトリコ系のコミュニティー・ガーデンでは、人々が音楽を聴いてくつろぎながら交流を深めていた。このようなコミュニティを巻き込みながらCVHの活動は展開されているのだろう。

 ニューヨーク市の福祉改革はシングルマザーや貧困者にとって相当ハードなものであったが、そのような市政に抗する力の源泉を民間組織の裾野の広さに垣間見た滞在だった。



<ワールドトレードセンタービルディング>



<インターナショナル・アクション・センターの企画の様子>



<コミュニティー・ボイスズ・ハードの館内の様子>



<プエルトリコ系のコミュニティー・ガーデン>


<注>:フィールドワークには科学研究費補助金・特別研究員奨励費からの支援を受けた。

UP:20111004 REV:20120105
アメリカのワークフェア ◇ニューヨークのワークフェア

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