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生活保護のワークフェア改革と地方分権化

小林 勇人 2012/09/01
「生活保護のワークフェア改革と地方分権化」
青土社発行『現代思想』(特集:生活保護のリアル)40(11): 123−39.
cf.  http://www.arsvi.com/m/gs2012.htm#09

*以下、一部分を掲載しますが、あくまでも「草稿」からの抜粋です。関心のある方は、お買い求め頂ければ幸いです。

「自分の仕事はクビになるかもしれないし、自分たちだけ逃げる後ろめたさもありました。いろいろな人間関係もあるので、仙台を離れることに非常に悩みましたが、『子どもの命には代えられない』と思って決断しました。/避難してからしんどかったですね。本当に死にたくなりました。/当初は、兵庫県の知り合いのツテで、篠山市へ避難をしたのですが…お世話になった方は阪神淡路大震災を経験していて、本当に親身になってくれました。『間違ってないよ』って言ってくださって。それがなかったら、死んでいたかもしれません。/…春の時点では、『避難区域30キロ圏内でなければ無料住宅は提供しない。31キロであっても許されない』という厳しい姿勢でした。そこで、知り合いの、知り合いのさらに…と、つまり初対面の方でしたが、東淀川区のその方の離れに住みました。/しかし、その時点で貯金が底をつき、生活保護を東淀川区で申請しました」(中津川2011)

1.はじめに

 冒頭で引用したのは、2人の幼児を養うシングルファザーが、震災による放射能汚染から子どもを守るために、仙台から関西に長距離避難した際に経験したことを綴った文章である。兵庫県篠山市に避難した2週間後に仙台の仕事はクビになる。そこでの住まいは春休みまでしか利用できないので、家探しと仕事探しを同時に始める。今では支援体制が整って「被災地に住めない」と言えれば無料住宅に住めるが、当時は知り合いを頼るしかない。知り合いを頼って大阪市東淀川区に住まいを確保する。だが貯金がつき生活保護を1ヶ月間利用する。その後、前職と同じ仕事がみつかり、採用時の条件では定時で帰れるはずだった。しかし、実際はサービス残業があったため育児との両立が困難であり、結局退職させられることになる。「基金訓練」(現在の求職者支援制度)も、子どもが風邪を引いたときには急に休むことになるため利用できない。そのため再び生活保護の申請を行い、毎日を家族3人で悔いなく生きることを大事にする。

 住む場所の確保の難しさ、一人親世帯が抱える困難、失業、サービス残業、仕事と育児の両立の難しさ。被災者が放射能汚染から長距離避難した先で経験する困難は、震災以前に社会が抱えていた問題である。今回の大震災では、複合的な災害が複雑に交錯する一方で、震災以前から社会が抱えていた問題と震災によって生じた問題が複雑に折り重なっている(小林2012b)。そのため被災者の多くは、震災以前から社会が抱えていた問題と震災によって生じた問題の双方を経験することになる。

 しかし、死にたいほどの困難があったとしても、生活保護の利用は最終手段である。なぜ、放射能汚染から長距離避難するために、最初から生活保護を利用できないのであろうか。それは震災以前から生活保護が様々な問題を抱えており、生活保護の利用には様々な困難がつきまとうからである。

 たとえば、生活保護は申請時点での居住地で申請する建前となっているが、福祉事務所から「地元」に戻って申請するよう助言される場合も多い。避難した被災者のなかには、受け入れ先の自治体住民に気を遣い、片身の狭い思いをしている人もいることが予想される。また受け入れ先の自治体住民のなかには、就労斡旋などで被災者が優先されることを疑問視する者もいるといわれる。このようななかで、受け入れ先の自治体の財政負担を増やすことになる生活保護の申請について、避難した被災者が躊躇したり、受け入れ先の自治体住民がネガティブに捉える可能性がある(山森2011: 35-6)。

 生活保護には社会の様々な問題が凝縮されて現れるため、多数の要因が複雑に絡み合い、生活保護改革は論争の的となる。現在の生活保護は、生活保護以外の社会保障や雇用保障の機能不全などにより、低所得・失業・貧困問題を一手に引き受けなければならない状況にある。そのため就労可能な者であっても低所得・失業・貧困問題に対応するために、生活保護を利用する機会が増える。就労可能な受給者数が増加すると、就労可能であるにもかかわらず働かず生活保護を受給しているのは、受給者個人が「怠惰」だからである、という誤解が生じやすい。そのような誤解は、生活保護へのバッシングに繋がり、「怠惰な」受給者には労働を強制しなければならないという改革案が支持されるようになる。そこで注目されるのがワークフェアである。

 ワークフェアとは、就労可能な公的扶助(日本では生活保護)受給者に受給条件として、労働あるいは職業訓練・教育プログラムなどへの参加を義務づける政策を意味する。ワークフェアは、就労可能な者が公的扶助を受給することを「福祉依存」として問題視し、「就労支援」によって「福祉依存」からの脱却さらには就労自立を目指す。しかし、ワークフェアには、「就労支援」を受けても(条件の良い)職に就けない場合、個人の努力が足りないせいであり「自己責任」として、低所得・失業・貧困問題に対する社会の責任が問われなくなるという問題がある(注1)。

 生活保護へのバッシングは、震災以前にも存在していたし、受給者数の増加や生活保護費用の増加につれて強化されもしてきた。しかし、震災後のバッシングは、昨今の扶養義務を強調する議論の過熱ぶりにみられるように、震災を通して流布した「絆」や「家族」の価値観を梃に強度を増しているようだ。あたかも放射能汚染からの長距離避難者が、生活保護を利用することを恐れでもしているかのように。

 大阪市で再び生活保護の利用者となったであろうシングルファザーの家族は、さらなる困難を経験することになったかもしれない。というのも2011年11月に圧倒的な得票率で大阪市長選に勝利した橋下市長が、「個人の自立」や「地域の自立」ならびに「小さな政府」といった価値観を掲げて、生活保護改革を議論しているからだ。これらの価値観は、ワークフェアと親和的であり、生活保護の運用にも影響を及ぼすであろう。

 生活保護を利用して放射能汚染から長距離避難することを容易にするための方法として、生活保護費用を全額国庫負担にする、あるいは地方自治体の財政負担を減らし国庫負担を増やすように改革を行うことが挙げられる。これは生活保護改革であると同時に地方分権改革でもある。近年の生活保護改革議論はワークフェアの方向で進展してきたが、生活保護改革は地方分権改革と密接に結びついている。そのため、地方自治体の影響力が増すなかで、ワークフェア政策の実施を可能にするような改革が行われるかどうかが注目される。

 本稿では、低所得・失業・貧困問題さらには放射能汚染問題に対して、生活保護を有効に機能させることを意図して、2節で、生活保護改革議論の経緯を概観し、3節で、東京都や大阪市の事例を中心に地方自治体の改革案を分析し、4節で、地方分権改革と関連させながら今後の生活保護改革を展望する。


2.生活保護改革議論
 生活保護の現状
 生活保護改革議論の経緯
3.地方自治体からの改革案
 石原都政下の報告書
 全国知事会・全国市長会による提案
 大阪市を中心とする指定都市市長会からの提案
4.生活保護改革と地方分権改革
 地方分権改革
 橋下市政下の生活保護
 アメリカの福祉改革からの含意


文献

(こばやし はやと・社会政策学/福祉社会学)



UP:20120822 REV:20120825
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