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これが民主主義ってやつだ!――NYのダイレクトコールは鳴り止まない

小林 勇人 20121207 「これが民主主義ってやつだ!――NYのダイレクトコールは鳴り止まない」
宇佐見耕一・小谷眞男・後藤玲子・原島博編集代表
『世界の社会福祉年鑑2012』(特集:自然災害と社会福祉)旬報社,346-51.

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*2012年10月10日脱稿。以下はあくまでも「草稿」からの抜粋なので、御関心のある方は、お買い求め頂ければ幸いです。


 しょーみっ、わっ、でっもー、くらしー、るっくらい
 しょーみっ、わっ、でっもー、くらしー、るっくらい
 でぃっ、いっ、わっ、でっもー、くらしー、るっくらい
 でぃっ、いっ、わっ、でっもー、くらしー、るっくらい

 2012年8月18日。フィールドワークで訪れたニューヨーク。この日Community Voices Heard (CVH)が大規模な行動を起こすことを知り、時差ボケの身体に鞭を打って参加した。CVHは、ニューヨークで低所得者を支援する民間非営利組織だ。後で知ることになるが、アメリカの福祉(公的扶助)を激変させた1996年福祉改革法の再承認を控えるなど、この夏は攻勢に打って出る必要があったのだ。昨年のオキュパイ・ウォールストリートの抗議運動もあり、行動を起こすには追い風といったところだった<注>。

スクールバスで大合唱

 朝9時にCVHの位置するイーストハーレムに着く。既に30人は集まっていて、振る舞われたダンキンドーナツやコーヒーなどでゆっくりしている。誰が支援者で誰が低所得者か、ましてや誰が福祉受給者かなんて分からない。しばらくして今日の計画がごく簡単に説明される。参加費の10ドルを支払うと、CVHのロゴが入ったブルーのTシャツが配られる。参加費にはバス代と昼食代も含まれているので、安いどころかお釣りがくることになる。Tシャツを身にまとって、何台かの黄色いバスに分かれて出発。

 スクールバスだから、というわけでもないのだろうが、車内は遠足のような修学旅行のような賑やかな雰囲気に包まれていて、皆おしゃべりがはずんでいる。しかし、聞こえてくるのはスペイン語なので何をしゃべっているのか分からない。やがて前のほうに男女二人のリーダーが立ち、今日の計画をもう少し詳しく説明する。どうやらCVHの他支部の仲間たちとこの先の教会で合流し、今日の作戦会議が開かれるらしい。またバス毎の役割があるようで、このバスはチャンツ(シュプレヒコール)隊だ。

 前のほうに座っていた黒人女性が、後ろを振り向き英語でコールをかけ始める。キャップとサングラスをしたちっちゃなおばちゃんだ。大丈夫かなって思っていると、とんでもない。ラップ調のとてつもないパワー、リズム感、スピードで次々にまくしたてていく。配られてきた紙には、チャンツが英語で13番、スペイン語で5番まで書かれている。英語のチャンツが続くと、スパニッシュがざわざわし始める。スペイン語のチャンツになると、ここぞとばかりに爆発。教会までノリノリで練習というわけだ。

 たとえば「民主主義ってやつを見せてみろよ!」とリズムにのった掛け声がかかる。それに応じて皆が、「民主主義ってやつを見せてみろよ!」と繰り返す。そのやりとりが何往復かあり高まってきたところで、「これが民主主義ってやつだ!」という力強い掛け声と、何十倍にもなった「これが民主主義ってやつだ!」の大合唱。その大合唱も何往復目かにはシャウトに変わる。その場は熱気に包まれ、身体中に力が満たされていく。

教会でのピープルズ・アセンブリー

 1時間もしないうちにVeatchにある教会に到着。この教会はCVHの最大の支持・寄付団体の一つだ。ニューヨーク市以外にNewburgh、Poughkeepsie、Yonkersの各支部からも仲間たちがバスで合流。広くて明るい教会のなかで、総勢150人程の集団によってアセンブリーが開かれる。CVHの簡単な紹介の後、今日の行動計画の詳細が明らかにされていく。なんと、この会議後、直接行動(direct action)として州議会議員と州知事の自宅を訪問するというのだ。

 CVHは、低所得者が直面する社会問題を解決するために、最低賃金の引き上げ、公営住宅の補修、有給の移行労働(transitional jobs)、公正な選挙、といった課題を掲げて活動を行ってきた。たとえば、福祉受給者に無給の労働を強制するワークフェアを廃止し、補助金付きの移行労働を提供するよう要求したり、最低賃金を少なくとも時給8.5ドルに引き上げるよう要求するといった具合だ。

 課題の実現にとって鍵を握るのが、ニューヨーク州議会上院多数党院内総務のスケロス(Dean Skelos)と、ニューヨーク州知事のクオモ(Andrew Cuomo)だ。この二人が課題の要求に対してどのように応答してきたのかが説明され、会場の皆によって二人の政策評価が行われる。前方に特大の成績表が立てかけられ、皆の叫び声を聴きながら、項目ごとにA・B・C評価が書き込まれていく。結果は惨たんたるもので、ほとんどの項目がF評価。なかにはFマイナスさえあった。

<教会でのピープルズ・アセンブリー>


 他の手段が使い果たされた今、説得力のあるやり方で不正義に人々の注目を集めるために、直接行動が提起され、採択される。作戦会議では、役割分担が確認される。リーダーシップをとる赤帽隊。コールを出すリーダーや場を盛り上げるチャンツ隊。移動時のバスにおけるリーダー。メディア担当者。ガイド担当者。直接行動の内容自体はシンプルで、チャンツによる盛り上げ、ならびに握り拳の突き上げによる沈黙。この二つの組み合わせによって、赤帽隊の交渉を有利にするといった作戦だ。

スケロス邸

 13時頃にアセンブリーは終了し、皆意気揚々とバスに乗り込む。第一のターゲットは州議会議員スケロスだ。教会から30分程でLong Islandのスケロス邸に到着。美しい自然に囲まれたのどかな場所に、高級そうな屋敷が立ち並んでいる。そこに黄色いバスが次々に乗り付けて、ブルーのTシャツを着た集団を送り出していく。
通りに群がる150人が、赤帽隊に率いられて行動を開始した。なぜ我々がここに来ているのか。そして何を要求しているのか。真夏の青空のもと蝉たちのシャウトに交じって、高らかな声が響き渡る。もちろんチャンツ隊が大活躍だ。プラカードや横断幕をもって邸宅の前の通りを行進する。騒ぎを聞きつけて近隣住民が何事かと集まる。事の成り行きをある者は不安そうにある者は笑いながら見守っている。

 やがて拳が突き上げられ、それまでとはうってかわった静寂が訪れる。赤帽のリーダーがスケロス邸の玄関に向かう。今日の参加者の一人一人が署名入りで書いた成績表の束を小脇に抱えている。インターホンを鳴らす。何も応答がない。何度鳴らしても応答がないので、ドア前に成績表の束が置かれる。そして、通りに赤帽が戻ってくると、またチャンツで盛り上がる。「スケロース、いるのは分かってるんだぞー、でてこーい!」それでも応答がないのを確認すると、最後に特大の成績表が、ドア前に運ばれ立てかけられる。

<スケロス邸での行動>



<スケロスの特大成績表>


 やいのやいのの拍手喝采。ここで場の盛り上がりは最高潮に達する。だがそこにとうとうパトカーが数台やってくる。場に緊張が走る。リーダーたちの指示に従って統率がとられる。警官と赤帽隊の話し合いが行われる。そのかたわらで特大の成績表が警官によって撤去されていく。最初は怖そうな顔をしていた警官だが、話を聞いていくうちに表情が緩んでいく。なぜなら、こちらは何も悪いこと(違法なこと)はしていないのだから。そう、正義はこちら側にあるのだ。もちろんユーモアだって。

クオモ邸

 警官との話し合いはすぐに終わり、それを見計らったかのようにバスが次々にやってくる。皆そそくさと撤退し、バスに乗り込む。配られたサブウェイのサンドイッチを昼食にとりながら、第二のターゲットを目指す。直接行動の味をしめたチャンツ隊のバスが大騒ぎだったのは言うまでもない。

 約2時間かけてWestchesterにあるクオモ州知事の邸宅に到着。真っ白で大きなクオモ邸は、美しいを通り越して風光明媚ともいえる周囲の自然に調和して溶け込んでいるようだ。その日その日を必死に凌いでいる低所得者にとってそれがどう映るのかは容易に想像できる。スケロス邸の成功体験をもとに、皆颯爽とバスを降りて、クオモ邸を目指す。

 ところが、通りからクオモ邸に通じる小道は車で塞がれている。車の前にはスーツ姿で体格のよい男性が険しい顔をして立ち、携帯で何かしゃべっている。やがてもう一人スーツ姿の男性が車で現れる。どうやらクオモ邸のセキュリティーのようだ。スケロス邸の時よりも念入りな行進を繰り返し威勢のよいチャンツで主張を行う。こちらが敷地内に入らず通りにいる限りセキュリティーは何もできない。だが邸宅を訪問するのは難しく、セキュリティーと対峙することになる。

 すぐにサイレンを鳴らしながらパトカーがやってくる。怪訝な顔をしていた警官たちだが、セキュリティーから話を聞くうちに、笑い出してしまう。セキュリティーは地団駄を踏んで主張するが、警官は聞き入れない。やがて拳が突き上げられた静寂のなか、警官の立ち会いのもとで赤帽隊とセキュリティーの話し合いが行われる。

<クオモ邸で微笑む警官>


<クオモ邸で交渉する赤帽隊>

 数分後には、勘弁してくれよ〜と泣きそうな顔で、成績表の束を小脇に抱えたセキュリティーが小道を歩いていく。インターホンを鳴らして応答がないことを皆に示したうえで、成績表の束を玄関に置く。これで気がすんだろ、とっとと帰ってくれ、と渋面のセキュリティー。皆の注目は特大の成績表に集まるが、それをドア前に立てかけさせることまではできなかった。けれどももう皆十分満足だ。これから先クオモは、ご近所付き合いも含めて、たっぷりとコミュニティ・ボイスをきかされることになるのだから。「クオモー、我々の要求をきかないなら、またすぐに戻ってくるからな〜!」そう言い残して、バスに乗り込む。心地よい疲労感と達成感に揺られながら帰路に着く。

 いつしかヒグラシの鳴き声がひっそりと響き渡り始め、真夏の長く熱い一日が終わろうとしていた。



<注>:フィールドワークに対して、科学研究費補助金・特別研究員奨励費から支援を受ける一方で、CVHの福祉・労働関連のオーガナイザーであるJennifer Hadlockから多大な協力を得た。ここに記して厚く謝意を表する。

UP:20121011 REV:1110, 29
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