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駒村康平・田中聡一郎編,2019,『検証・新しいセーフティネット――生活困窮者自立支援制度と埼玉県アスポート事業の挑戦』

小林勇人, 2020/05/31,「駒村康平・田中聡一郎編『検証・新しいセーフティネット――生活困窮者自立支援制度と埼玉県アスポート事業の挑戦』」 福祉社会学会発行『福祉社会学研究』17: 282-7.
脱稿:2020.01.05



*以下、全文を掲載しますが、あくまでも「草稿」です。


1 はじめに

 本書は、埼玉県アスポート事業と同事業を一つのモデルとして創設された生活困窮者自立支援制度(以下、生困制度)を中心に、生活困窮者支援についてこれまで書かれた論文に書き下ろしを加えて再構成したものである。生困制度の創設は、生活保護制度(以下、生保制度)の大幅な改正とセットで行われ、2018年には両制度の改正がセットで行われた。生活困窮者の増大が予測され両制度の今後の改革同行に注目が集まるなかで、生困制度の創設・改正議論に関わった編者によって本書が刊行された意義は大きい。本書は、生活困窮者支援政策の今後の方向性を把握し、日本の社会保障制度の将来像を議論するうえで重要な書となるであろう。

2 本書の構成と特色

 本書の目的は、「2000年代に展開した生活困窮者支援の歩みと将来像を描く」(19頁)ことであり、構成は以下の通りである。

第1部「2000年代以降のセーフティネットの再編」
 第1章「生活保護制度と生活困窮者自立支援制度の改革動向」(書き下ろし)
第2部「データから見た生活困窮者像――埼玉県アスポート事業から」
 埼玉県アスポート事業とは
 第2章「埼玉県アスポートの取り組み」(書き下ろし)
 第3章「アスポート就労支援の成果」
 第4章「アスポート住宅支援の成果」
 第5章「アスポート学習支援の成果」
第3部「生活困窮者支援の歴史的経緯」
 第2のセーフティネットから生活困窮者自立支援法へ
 第6章「就労支援の展開」
 第7章「住宅支援の展開と新たな動き」
 第8章「子どもの貧困対策、学習支援の展開」(書き下ろし)
第4部「生活困窮者支援の現状と将来」
 生活困窮者自立支援制度の展望――その実施から初めての制度改正へ
 第9章「スタートした生活困窮者自立支援制度」
 第10章「生活困窮者自立支援の将来」(インタビュー形式、書き下ろし)
あとがき――生活困窮者自立支援制度充実への期待

 本書の特色は、生困制度を、2000年代に実施された様々な生活困窮者支援の取り組みを吸収し総合化した制度としてとらえ、就労・住宅・学習の3支援を中心に生活困窮者支援の歴史的経緯を振り返り、現状と将来展望を検討している点にある。特にアスポート事業を紹介した第2章は、事例を織り交ぜ支援の実態を分かりやすく描くとともに、生困制度創設後に同事業を市に移管する際の課題を指摘するなど、先進的な自治体の取り組みと全国的な制度化の相互関係を考えるうえで示唆に富む。

 生困制度は、2000年代の生活保護自立支援プログラムや第2のセーフティネット(求職者支援制度、住宅支援給付、総合支援資金貸付など)、ホームレス自立支援、子どもの貧困対策などを束ねるような性格をもつとされる。実際に同制度は、「生活保護に至る前の段階での自立支援強化を図り、生活保護を脱却した者が再び受給することがないよう各支援を実施」するもので、必須事業として@自立相談支援事業、A住居確保給付金の支給、任意事業としてB就労準備支援事業、C一時生活支援事業、D家計相談支援事業、E子どもの学習支援事業などがある。同制度を創設し生保制度と連携させることで、日本の社会保障制度は多様な困窮問題に対してセーフティネットを再編成したとされる(19-21頁)。

3 論評

 生活困窮者支援は、経済的困窮問題のみならず多様な問題を(複合的に)抱える者(や家族)を対象とし、対応する制度領域も雇用・社会保障・教育・住宅など広範囲に及び、地域間の格差も大きい。そのような困難なテーマに挑む意欲作であるが故に、本書は主題や分析視角がやや不明瞭になってしまったように思われる。本書の鍵は、アスポート事業が生活保護受給者の自立支援事業であったことからも、生保制度と生困制度の関係にあると考えられる。以下では両制度の関係に着目し、今後の研究の分析視角の精緻化に役立たせるための論点を指摘したい。

3−1.「セーフティネット」概念の曖昧さと問題点さ

 一般的に社会政策においてセーフティネットとは社会保障制度を指すことが多い。だが本書の主題にある「新しいセーフティネット」が何を指すのかは不明瞭であり、考察対象が生困制度なのか再編成後の社会保障制度全般なのか分かりにくかった。前者ならば、第3部各章で生活困窮者支援の展開のなかで部分的に分析が行われているものの、実際に検証を行ったのは二次資料を用いて初年度の評価を行った9章のみであり不十分であろう。後者ならば、生困制度以外では、生保制度(や雇用保険制度もある程度)は論じられているものの、他の社会保険制度や社会福祉制度はほとんど論じられておらず、生保制度に力点を置く理由を明示する必要があるのではないか。

 加えて、セーフティネットを社会保障制度に限定し雇用保障制度と分離して用いることは、「支える側」と「支えられる側」の二分法を強化し連帯を困難にするという問題点がある。一般的に、相対的に安定した就労者などの「支える側」が、生活保護受給者などの「支えられる側」を支えてきた点が強調される傾向がある。しかし、雇用保障の仕組みを通して「支える側」も支えられてきたのであり、制度の谷間で困難を抱える生活困窮者への支援は、雇用保障と社会保障を組み合わせた生活保障の視点(宮本2017)から考察することが望ましいのではないか。


3−2.生活保護制度事業の変化

 本書で生困制度は三つの時期に区分される(224-5頁)。第一に、民主党時代に生活困窮者への新たな支援策が検討された検討期と、第二に、自民党・公明党へ政権交代がなされ生活保護改正と生活困窮者自立支援法の制定が同時になされた制定期、第三に、現在は普及期にあり、制度を利用しやすくし自治体の積極的な事業展開を支えるなど実効性の確保を主題とした改正が行われている。生困制度は、検討期に生活保護受給者の自立にも活用されることが想定されていたが、法案審議の過程で生保制度との役割分担の明確化が求められ、制定期には対象者が「『現に経済的困窮状態』でありながら生活保護を受給していない」者に限定され(225頁)、大きな課題とされた。

 しかし、生保制度の捕捉率は22.6%(2016年、所得比較、国民生活基礎調査)と低く、実際には生困制度と生保制度の対象者は交錯する。例えば、生困制度の中核的事業である就労準備支援事業で考えてみると、収入要件は生活保護基準より低く、対象者は「生活保護基準すれすれの収入状況であるが、わずかの貯金を持っているため生活保護に該当しない人、あるいは生活保護基準以下の収入しかないが自動車を保有しているために生活保護を利用できない人や、生活保護のスティグマのために生活保護の利用を忌避する人など」となる。そのため就労支援については両制度で同様の事業を行うこととされ、第一に、生困制度の自立相談支援事業に対応して、生保制度に被保護者就労支援事業が創設され、第二に、生困制度の就労準備支援事業に対応して、生保制度に被保護者就労準備支援事業が創設された。その結果、両制度に基づく事業を一体的に行える枠組みとなり、半数程度は一体的に実施された(吉永2019)。

 生困制度の創設は生保制度の改正とセットで行われ、両制度は運用面でも交錯する領域をもつ。本書は、生保制度における学習支援事業が生困制度創設後に生活困窮者に拡大されたと記述するなど、生保制度事業の連続性に着目していると考えられる。しかし、同じようにみえる事業であっても、異なる制度で運用される場合や、異なる制度の事業と一体的に運用される場合、異同に留意する必要があるのではないか。本書はアスポート事業や生活困窮者支援の歴史的経緯の分析に力点を置くが故に、生困制度創設前後における生保制度事業の非連続性についての考察が後景化してしまったといえる。

3−3.生活保護制度と生活困窮者自立支援制度を貫く論理

 本書は、非正規・非婚が多く年金保険料の納付実績や持ち家率も低い団塊ジュニア世代が退職すると、高齢の生活保護受給者数が増大し、社会保障制度が機能しなくなる危険があるとし、生活困窮の拡大に対して生困制度の拡充を期待する。しかし、「厳しい財政制約のもとでは、生活困窮者制度と生活保護の両方を拡充することは難しい状況」(37頁)を指摘する。実際、生困制度は、「生活保護の引き締め、抑制とセットで成立し、生活困窮者支援と生活保護の抑制という『光と影』の二面的な性格」をもつと見られ、生活保護受給を妨げる「公的な水際作戦」になると批判も受けた(27-28頁)。また2018年改正による生困制度の改善は、生活扶助の引き下げなど生保制度のさらなる機能縮小を伴った。

 本書は、検討期から制定期にかけて総選挙で生活保護の引き締めを主張した自公に政権交代したため、生困制度の性格が分かりにくくなった点を強調する。しかし、民主党政権であれば生保制度の縮小なしに生困制度の創設や拡充を行い得たであろうか。むしろ両政権の違いを超えて両制度には、公的扶助費用の増大を防ぐために就労可能な者が働くことを「選択」するよう公的扶助の受給を冷遇し働くことを相対的に優遇するという論理が、作用しているのではないか(小林2020)。本書は、生困制度から生保制度に繋ぐ機能を指摘し、2016年5月新規相談件数(19,009件)の11.4%が繋がれたことを紹介する(215頁)。しかし、上述したように生保制度の捕捉率は依然として低いままであるし、繋ぎ先の生保制度が劣化していくことは大きな問題である。生保制度の劣化を問う分析視角が求められているといえる。

 将来展望として、本書は住宅手当と居住支援の拡充に期待する一方で、「一般扶助型の生活保護制度を困窮のタイプ別・カテゴリー別に見直し、生活困窮者自立支援制度とより連携した形でのカテゴリー扶助型生活保護制度」(38頁)の可能性を指摘する。生活困窮者支援の拡充が、就労不可能な者や困難な者にとって「最後の砦」である生保制度のさらなる劣化を伴わないか、今後の改革動向が注目される。


文献

小林勇人,2020,「生活困窮者の就労意識の一考察――ワークフェア時代の矛盾」山田壮志郎編『生活困窮者の地域生活を支える――ホームレス経験者のパネル調査から(仮題)』ミネルヴァ書房(近日刊行予定).
宮本太郎,2017,『共生保障――<支え合い>の戦略』岩波書店.
吉永純,2019,「『半福祉・半就労』と生活保障、生活保護」『社会政策』11(1): 11-25.



UP:20200115, REV:20200527

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